旅のレポート「美味ららら紀行」

伊豆に坐す、味わいと体験の旅~坐漁荘からはじまる、土地と人とを味わうガストロノミーツーリズム~

都心から約2時間とアクセスの良さも人気の観光地、伊豆・伊東市にある「ABBA RESORTS IZU – 坐漁荘」。

豊かな自然に囲まれた隠れ家のような浮山温泉郷の一角に位置するその宿は、6,000坪もの敷地を有する老舗温泉旅館です。 海外からのお客様を始め、リピーターも多いというこちらの宿。その魅力の真髄は、古き良き日本の旅館文化の継承にありました。今回は、地産地消ならぬ“知”産地消をコンセプトに掲げ、その土地の文化や風土、そして日本人ならではの細やかなおもてなしの心に触れられる、そんな宿の取り組みを通して、私たちが目指すべきガストロノミーツーリズムについて考えます。

「坐して魚を釣るがごとく」

「坐して魚を釣るがごとく」。宿名の由来は、中国の故事「坐茅漁(茅に座り、ゆっくり魚を釣る)」。

「心の赴くままにゆったりと過ごしてください」という思いが込められています。

坐漁荘がある浮山温泉郷は「山桃の里」とも呼ばれる、山桃や楠などの常緑樹の原生林に囲まれた静かな別荘地。聞こえてくる音といえば、遠くから聞こえる鳥の鳴き声と庭を流れる滝の水音くらい。静謐という言葉がふさわしく、宿全体を包む清々しくも穏やかな雰囲気に、心が解きほぐされていくのを感じます。大人の隠れ家として名を馳せているのも納得です。

庭園の緑が美しく開放感あふれるロビー。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)
伝統的な日本建築の良さにあふれる本館の客室一例。部屋ごとに趣が異なる日本情緒を感じられる。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)
時間を忘れて過ごせると人気の別荘風のヴィラの客室一例(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)

客室は全27室(リニューアル工事に伴い来年の初夏には全33室を予定)。伝統的な日本建築の風情と心地よさが魅力的な本館の和室に加え、広いリビングやルーフデッキ等を備えた、まるで別荘のようなプライベート空間のヴィラタイプも人気。中にはペットと泊まれる部屋もあり、愛犬家のお客様からも好評だそうです。

「坐漁荘」の創業は昭和43年(1968年)。最初は4室の高級旅館としてのスタートでした。

平成26年に台湾の企業である「ABBA RESORTS」に運営が変わり、ヴィラ棟の増設等の改装を経て、平成28年「ABBA RESORTS IZU-坐漁荘」としてリニューアルオープンしました。

継承されるおもてなしの心

「新たなオーナーは台湾の人ですが、以前から坐漁荘のお客様でした。元々の坐漁荘が好きだったため、“このスタイルは崩さないでくれ”というのが最初に要望としてありました。

“旅館”を通して日本文化を継承していくというのがオーナーの想いです。寂しいことに、伊豆はもちろん、日本のあちこちで閉鎖する旅館が増えている中で、旅館の良きところを継承しようという想いは、われわれ日本人としてもありがたいことだと思っています。ですので、経営が変わってからの大きな変化は、ヴィラができたことと、長期滞在のお客様が食事に飽きないように、それまで和食だけだったものが、フレンチと鉄板焼きを増やしたことくらい。他はあまり変わっていません。」

前経営陣の時から料理長として腕をふるい、現在は総支配人として宿全般にも目を配っている井戸伸治総料理長。
静岡県の「ふじのくに食の都づくり料理人」でもあり、2018年には「The 仕事人 of the Year 2018」を受賞。

そうお話ししてくださったのは、総支配人も務める井戸伸治総料理長です。

「旅館というのは、おもてなしの心が一番大事。そこがいわゆるホテルとは違うところかもしれません。もちろん、おもてなしの気持ちは同じかもしれませんが、1組ずつのお客様にそれぞれスタッフがついて、丁寧なサービスをするというのが旅館の一番魅力的なところだと思います。

もう1点、ホテルステイと確実に違うところは、旅館は基本的に1泊2食がついていることです。滞在中、しっかりと旅館の料理を食べていただくことで、日本の、伊豆の文化を体験していただけるというのも魅力だと思います。

あとは、外国の方から見た時 “いかにも”な日本ではなく、古き良き日本の風情や暮らし、文化を感じられるサービスを心掛けています。せっかく伊豆に来たのだから、伊豆や静岡の料理や食材を食べたいというお客様の気持ちにも応えたいですしね。」

そこはガストロノミーの考え方にも通じる部分があると、続けます。

「最も大事にしているのは、地元の生産者さんとのつながりです。食材はできるだけ、地元のものを使うことを目指しています。特に地魚や魚介類は地元の伊東や南伊豆等、伊豆半島の市場を中心に仕入れています。静岡県は海の幸だけじゃなく野菜も豊富。静岡県って横に長いでしょう?遠州灘ではフグが獲れたり、中部だとお茶があったり。野菜や魚も地域によって時期が違ったり、獲れるものが違ったり、いろいろなものが楽しめるのも魅力ですね。

市場や農家さんのところに我々料理人が直接顔を出してコミュニケーションを図るようにもしています。地域の人たちと一緒にやっていくというのは、文化の継承のひとつですし、坐漁荘が目指しているもののひとつでもあります。」

地元漁港を中心に水揚げされた鮮魚等、季節折々の伊豆や静岡の旬が味わえる和会席の一例。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)

中でも、宿のある伊東市の魅力を伺うと

「自然が豊かなところですね。魚市場が近いので新鮮な魚介類が豊富ですし、温泉もあります。首都圏から近く、気軽に訪れることができるのも魅力的です。 それに、何より食べ物が美味しいです。東京で働いていた経験もありますから、(当時の)築地市場にも出入りしていました。日本中、世界中から食材が集まってきますが、鮮度が違います。この地域にしか出回らない食材もありますし、料理そのものが違うと感じました。海も、山も、畑も、料理人にとっては魅力的な土地ですよ。魚だけじゃなく、和食でも天城軍鶏のような地鶏、フレンチの山本シェフはジビエも取り扱っています。」

海と山が近い、半島ならではの魅力

本館に隣接したレストラン棟「レストランやまもも」で腕をふるうフレンチ担当の山本晋平シェフにもお話を伺いました。

「この土地の魅力は、海と山が近い“半島”ならではの良さです。その中に食材がギュッと詰まっています。

海と山の距離が近いってことは、料理人として食材を使うだけじゃなくて、その海と山の環境を考えられる場所なんです。海を綺麗に豊かに保つためには山を整備しなければならない、そういうことも含めて。

例えば、レストランで使っている天城の鹿肉は、鹿から森を守るために、環境保護のために猟師さんが猟をしてくれている鹿です。そうやって上(山)をちゃんと整備していくことで、海の環境が保たれて美味しい魚が手に入るということを身近に考えられます。

以前いた雲仙の島原半島もですが、海に囲まれていながら、日本特有の山岳の地形もあって、そこに詰まっているものが宝物のようだというのが、料理人としてはとても魅力的です。」

「その土地の食材を使って料理をすることが好きだから、地方での仕事を続けている」と話す山本晋平シェフ。

平成28年(2016年)に坐漁荘に招かれるまでは、長崎・雲仙のクラシックホテル、その前は栃木の那須高原で研鑽を積んできた山本シェフ。そうした経験の中で、料理はその土地の食材や風土と深く結びつくべきという価値観が培われたそうです。20代で渡欧し、ドイツなど各地で料理を学んだ経験もその料理に大きな影響を与えました。

「季節感もすごく大事ですね。20年以上前ですが、ドイツでの修行時代、それまで日本で過ごしていて当たり前だと思っていた季節の感覚が海外の暮らしではありませんでした。だからこそ、日本の季節感を意識することは料理人にとって大切だし、季節感を出せる食材というのも大事です。ちょくちょく契約農家さんを訪れていますが、畑の“いま”を切り取ったような料理を提供するということを心掛けています。」

畑の「いま」を切り取る。素敵な言い回しです。それ以外にも心掛けていることがあるとのこと。

「当たり前のことですが、食材が無いと料理人の仕事は成り立ちません。だからこそ、生産者さんへは敬意を払っています。生産者さんから受け取った食材というバトンを、どうやってお客様の記憶に残るものにするかが、僕にとってとても大事なこと。だからこそ、生産者さんとは密に連携を取って、生産者さんの想いを聞いて、それをお皿に乗せて出すということも心掛けています。」

季節折々の伊豆、静岡の旬の幸を味わえる「レストランやまもも」での料理一例。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)

「お腹を満たすだけじゃなく、心を満たす料理を作りたいと思っている」と山本シェフ。

それには物語のある料理が必要だとおっしゃいます。料理人は、食材を受け取る前から始まっている物語のバトンを、料理として最終的に仕上げるアンカーみたいな役目だとおっしゃっていました。

でも、そのバトンはお客様の人生の物語として受け継がれ、思い出として残っていくはず。坐漁荘を訪れるお客様がお料理を楽しみにしているのも納得です。

「食材は同じ季節でも、同じものができません。去年はすごくよかったのに、今年はよくない。もちろんその逆もあります。そういう話をお客様にすると“じゃ、来年のこの時期がまた楽しみだね”と言ってくださる。それでまた同じ時期に来ていただいて昨年の話ができる。20席から24席くらいの空間なので、不特定多数ではなく、ひとりひとりのお客様の顔を見て、そのお客様のために料理を作ることが叶います。」

山本シェフの料理は、フレンチという枠組みではあるものの、バターや乳製品を多くは使わないので、お客様から「次の日にもたれない」と言われるのだそう。とにかく野菜をたくさん使うのも特徴です。

クリスマスの時期にイベントとして、クラシックなフレンチを出すこともありますが、「山本さんの料理じゃない」とお客様に言われてしまったこともあったそう。

「“こういう料理じゃなくて、山本さんの料理を食べに来ているんだよ”って言われました(笑)」

山本シェフは、昨年、第15回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」ブロンズ賞を受賞。
静岡県の「ふじのくに食の都づくり料理人」でもある。

「フレンチだからと言って、フランスの食材を使うのではなく、バターや乳製品に頼るわけでもない。かといって、高級食材ばかり使うわけでもない。食材と食材を組合せて組合せて、美味しさを爆発させていく、それが洋の魂、フレンチです。逆に和食というのはどちらかというと引き算。より研ぎ澄まされていくものです。

僕はフレンチのテクニックを使って、食材と食材をあわせてひとつの料理を作りますが、あまり重ねすぎてしまうと、食材が料理を語るものにならなくなってしまう。だから、そこは日本的感覚で、要らないものを削ぎながら、そこに生産者さんの顔が見えるか、とか、食材の旬が感じられるかとか、自分の中で吟味しながら料理を完成させていきます。」

掛け算をした後に、引き算をする感覚でしょうか。日本の伝統的な精神を保ちつつ、西洋の優れた知識や技術を学び、両者を調和させる「和魂洋才」が山本シェフの料理の信念。王道のフレンチではなく、ひと皿の中に、そしてコース全体にこの土地の風土や文化、歴史、環境、人、全ての物語を盛り込んだ、まさにガストロノミーツーリズムの真髄のような“山本流フレンチ”は多くのお客様を魅了しています。

ティーペアリングの提唱

静岡茶を使ったティーペアリングも、山本シェフのお料理の特徴のひとつ。

豊かな自然に恵まれた伊豆半島の食材を活かしたフレンチに、静岡茶のティーペアリングを提供し、新しい料理の楽しみ方を提唱したこと等が評価され、昨年、農林水産省による料理人顕彰制度である「料理マスターズ」のブロンズ賞を受賞されました。静岡県内では2人目の快挙です。

「静岡はお茶処ですので、最初は料理の食材としてお茶を使おうと思って取り組み始めました。

でも、試しているうちにお茶ってすごく表情が豊かで、抽出する温度、時間、産地、茶葉の状態や生産者さんによっても全くお茶の味が違う。これだけ多様性があると、お茶はお茶のまま飲まないといけないと思いました。

フレンチレストランというのは、特別な時に来てくださることが多いですが、ノンアルコールドリンクって、水か炭酸水程度しかない。味気ないテーブルになっちゃうのが残念だと思っていました。ワインを飲まれている方との差も出てしまいますし。そういう時に、日本茶をワイングラスでお出ししたらお客様の反応がすごく良かったんです。」

本格的にティーペアリングを始めようと、日本茶インストラクターやお茶の専門家には頼らず、スタッフで味比べを何度も何度も繰り返しました。

最初は、フレンチと日本茶は相まみえるものではなく、文化も違うものをどうしたらつなげられるかと、洋のスパイスやハーブを加えていたそう。でも、いまは静岡茶の味を前面に出したペアリングが中心。季節ごと、料理ごとにお茶を変えています。もちろん料理によってはハーブやスパイスを使ったものをいまも提供していますが、できるだけ茶葉だけでペアリングしようと思えたのは、ある出会いがあったから。

「藤枝の“人と農・自然をつなぐ会”との出会いが衝撃的でした。

杵塚さんというご家族が50年近く無農薬で栽培されているお茶です。 何回か訪れていますが、すごい山の斜面のお茶畑。そこで飲ませてもらった水出しのお茶が、“こんなにクリアで、力強いお茶があるのか!”って。これはもう茶葉の力を全面に出していきたいと思い、そういう生産者さんや、お茶を探すようになりました。」

その土地の風土や文化、作り手の想いに触れるために、生産者さんの元を訪ねた時の様子。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)

「レストランやまもも」では、生産者さんを招いてのティーペアリングのイベントも開催し、人気を博しています。イベントの折には先にお料理の内容を伝えて、ペアリングするお茶をお茶農家さんに考えて出してもらうこともあるそうです。

「僕ら料理人がティーペアリングを考える時、ペアリングの基本である、同じような香りで協調させるとか、逆にお互いに無い味わいを足して1つのペアリングにするとかで考えます。でも、お茶農家さんにはそういう基本は無く、本当に直感的にあわせてくるから、“え~!面白い!!”ってなることも多いんです。」

逆にお茶に合わせてお料理を考えることもあるそうです。

「理想としては全ての茶葉をサステナブルな農業をしている農家さんから仕入れたい。いわゆる茶商さんからではなく、直接農家さんと顔を合わせ、仕入れるのがベストだと思っています。静岡にはいろんな茶処があるから、その特色を活かせるよう色々な生産者さんとのお付き合いも大事です。

お茶は正解がないので、1分淹れてみよう、30秒でやってみよう。50℃で、70℃でやってみよう。そういう経験を5年くらいはひたすら積み重ねて、いまではこの茶葉にはこれ、って合うものが感覚的に分かるようになってきました。しかし、ワインのペアリングと違って、アルコールの有る無しは、満足感に結構な差があります。でも、その差は料理とのペアリングで埋められるものだと思っています。

ワインと違ってお茶だけを5杯も6杯も飲み続けるのは難しいけど、料理と合わせることで、美味しく食べて、美味しく飲んで、しかも身体にもいいというペアリングを成立させられる。それはこれからも伝えていきたいですね。もちろん、カフェインの問題があるので、ディナーではあまり摂取したくない方もいます。そこは水出しでカフェインの抽出を抑える等、工夫をこらしながら対応していきたいです。」

2025年、静岡の茶業界では荒茶や一番茶の生産量が鹿児島県に抜かれて全国2位に陥落したというニュースに衝撃が走りました。でも、だからこそ、生産量の日本一にこだわるのではなく、山本シェフが茶農家さんと実現しているような、質や楽しみ方の提案等を突き詰めて、静岡ならではの多様性を活かすことが大事なのではないかと、お話を伺っていて思いました。

“癒し”のパウンドケーキ

「食べて健康になる、というのも僕の料理のひとつのコンセプトです。」 そう話されていた山本シェフ。

そんなシェフの元で7年、パティシエとして経験を重ねてきた富澤香里さんが新しく開発した菊芋を使ったパウンドケーキは、まさに“食べて健康になる”スイーツと言えるでしょう。

山本シェフ(左)とパティシエの富澤香里さん(右)

「シェフと菊田さんのおつきあいの中で、“菊芋をパウダーにしてみたので何かに使えないか”と呼びかけられたのが始まりでした。」

と富澤さん。

菊田さんとは、山本シェフのお話にも出てきた天城の鹿肉生産者「天城の森工房」の代表。森林再生のために鹿を捕獲、解体処理をしているだけではなく、持続可能な環境再生型農業の推進にも努めています。山を管理する際に出る間伐材は、放っておくと徐々にCO2が空気中に放出されてしまうため、炭にすることでCO2を固定化できるそうなのですが、その炭を耕作放棄地にすきこむ=炭素固定農法で菊芋を育てています。

 「普通に菊芋を使うと、焼き菓子には天敵である水分がありますが、パウダー状だからその心配はいりませんでした。味も凝縮していて、甘みも自然な甘さでとても使いやすかったです。根菜なので独特の牛蒡のような風味はありましたが、逆にその個性を活かすことを心掛けました。」

山本シェフから「コンテストに出してみないか」と持ち掛けられた時、楽しそうだなとワクワクしました、と話す富澤さん。

パウンドケーキというと生地がパサパサしているイメージでしたが、この菊芋のパウンドケーキは、しっとりとして、例えて言うならフィナンシェのような食感。口に入れた時のなめらかさに驚きました。ねっとりとした舌触りとふわっと鼻に抜ける土の香りも印象的。甘さも程よく、背徳感を感じずに何切れも食べられてしまいそう!

癒しのパウンドケーキは「坐漁荘」のオンラインショップから購入可能。コースのお茶菓子として提供されることも。

菊芋本来の甘さを活かすことで砂糖の使用量も半分近くに抑えられ、含まれるイヌリンの働きで糖の吸収を穏やかになるそうです。炭素固定農法で地球環境を“癒し”、菊芋の効果で血糖値を気にする人の甘いものを食べたい気持ちも“癒す”という意味と物語を込めて「癒しの菊芋パウンドケーキ」と名付けられました。

健康や環境に貢献することが高く評価され、2025年6月、優れた加工食品を認定する「料理マスターズブランド」に選ばれています。

伊豆はフルーツも豊富な土地です。例えば、伊東ならニューサマーオレンジ等の柑橘系、少し南に下がれば南伊豆のパッションフルーツ、河津のマンゴーやライチ等もあります。

富澤さんにこの地でパティシエとして活躍する意義を聞いてみました。

「伊豆に限らず、気になったフルーツや生産者さんの元には、直接お伺いするようにしています。生産者さんのこだわりやお話を聞くのが好きです。それは坐漁荘で働くようになってから。山本シェフがやっていらっしゃることを見習っています。どんな想いで育てていらっしゃるのかを深く知ることで、お客様にお出しした際に、説得できるだけのストーリーを盛り込めると思っています。」

富澤さんの言葉を山本シェフが引き継ぎます。

「そうやって、作っている生産者さんや土地を訪ねることで、そこで見た風景等もデザートに落とし込んでいるなと感じますよ。

彼女は僕の料理のコンセプトをよく理解してくれているから、お客様に料理をお出した後の“第2章”を任せられる存在です。どれだけ満足のいく料理を出していたとしても、最後のデザートで台無しになることもあり得るんですが、コースのバトンの、本当のアンカーを任せられる存在。信用しています。 」

にこやかに、時に真剣な視線を交わしながら話すお二人。信頼の絆を感じました。

富澤さんの女性ならではの感性に期待することはありますか?という私の問いへの山本シェフの答えにハッとさせられました。

「女性だからという感覚はあんまり無いですね。料理人もパティシエも“素材”ありきという意識でいます。そこは男性も女性も変わらない。生産者さんも性別関係なく平等。同じ目線で話ができることが大事。それぞれの良いところ、できることを伸ばすことが、レストランの質そのものの向上にも通じると思っています」。

 富澤さんも次のように話してくれました。

「一緒に働いている仲間に感謝しています。カバーしあえているチームの雰囲気がお料理に伝わって、お客様の満足度につながる。それが自分自身、すごく嬉しくて、ありがたいと思いながら日々働けています。」 お客様の満足度の高さは、働く皆さんの気持ちのありようにその源があるように思いました。

また来るよ、の声がやりがいに

井戸総料理長の出身は、地元・伊東市。ご実家がお弁当屋さんを営んでいたことも影響したのか、こどもの頃から台所を使って料理をするのが好きだったそうです。小学生の頃には男子は2人しかいなかった家庭科部に所属。「自分たちが作ったものを食べられるのが嬉しかった。」と笑顔でお話しくださいました。

コロナ禍の影響で途絶えてしまっていますが、地元の小学校や高校に日本料理を教えに行くような活動にも取り組み、できるだけ地域に密着した活動も心掛けているそうです。

「一般家庭では鰹節から出汁をひくことも少なくなってきているので、かつお節や出汁の香りに触れてもらうことで、料理に興味を持ってもらえたら、と思っています。それをきっかけに、料理人を目指す若者が増えてくれれば嬉しいですし、技術を磨くことで、仕事をする楽しみ等も知ってもらえたら、と。

例えば、旅館だったらお客様にじかに接することもあるんです。そんな時に“また来るよ”って声をかけてもらうことが“やりがい”になるってことも、若い人たちに伝えられたら、と思っています。」

「料理が美味しかったからまた来るよ」と言われるのも嬉しいですが「この旅館、良かったからまた来るよ」と言われることが最も嬉しいと、井戸総料理長。

「私は総料理長ですが、料理は一人でできるものではなく、チーム作業。よくやってくれていると感謝しています。料理人、サービス、フロント、それに表には出ない清掃等の裏方のスタッフ等、全てのスタッフが、ひとりひとりのお客様に対して真摯に真心を込めて接してくれていることがお客様の“また来るよ”のお言葉につながっていると思います。」 ちなみに、厨房スタッフは現在、フレンチも合わせて13人。全体では60人ほどのスタッフが働いているそう。宿の収容人数は70人ほどですがが、至れり尽くせりのサービスが提供できるように宿泊は40人くらいに調整しているとのこと。きめ細やかな心遣いが、お宿の細部にまで行き届いていることにも納得です。

“体験”としての滞在

「坐漁荘」ではオーナーが変わってからは、台湾を中心に海外からのお客様が増えたと言います。日本のお客様と反応に違いはあるのでしょうか。

 「海外からのお客様は、日本文化を体験したい、日本食を食べたいという方も多いです。でも2週間とか、1か月とかの長期滞在の方もいらっしゃるので、料理に和食以外の選択肢があることは喜ばれます。

また、こちらに泊まられる方は、日本文化を知りたいという方も多いので、建物とか、室内のしつらえとか、料理の器や盛りつけとか、そういうものをより大事にされている感じがします。」

体験プログラムの一例、香り袋作り(左上)や日本茶体験(左下)が人気。(写真提供:ABBA RISORTS IZU坐漁荘)

そんなお客様に好評なのが、いくつか用意されている日本文化の体験プログラム。お茶や香道等、日本の文化を体験し学ぶことができる、五感で感じるひとときを楽しめるのも、この宿ならではの過ごし方です。

香り袋作りや日本茶体験が特に人気があるそうです。現在は、館内で体験できるものが中心ですが、今後は、中伊豆のわさび田見学や伊豆半島の自然などをローカルガイドと供に巡る体験ツアーも計画中とのこと。

>>坐漁荘Instagram

宿を訪れるお客様がこれまで以上に地域の歴史や風土、そしてそこに暮らす人々に触れる機会も増えそうですね。

吟味された食材、そしてそこに込められたストーリーと、日本ならではのおもてなしの心に触れられる宿「坐漁荘」。きっと、ここを入り口に、伊豆半島や静岡県、そして日本を旅する方がこれからさらに増えることでしょう。 より一層の“深化”がどんな出会いや体験を生み出すのか、これからが楽しみです。

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ABBA RISORTS IZU 坐漁荘(アバリゾート・イズ・ザギョソウ)

〒413-0232 

静岡県伊東市八幡野1741
TEL:0557-53-1170
フリーダイヤル:0800-888-1168
https://zagyosoh.com/

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最後に地元のご出身である井戸総料理長に伺った、伊豆で「ぜひ訪ねてほしい」お気に入りの景色をご紹介します。

「伊豆スカイラインから見える富士山と駿河湾が好きですね。駿河湾越しに静岡市の方までぐる~っと見えるんですよ。仕事で外に出かける時の往復で通るのはもちろん、休みの日にふらっと出かけたりもします。

夜景も綺麗なんです。それに富士山は、いつ見ても“うわぁ!”と思いますね。

お泊りのお客様はもちろんですが、ぜひ多くの方に見てもらいたい景色です。」

伊豆スカイラインは、熱海峠から天城高原までを縦⾛する富士・箱根・伊豆国立公園地帯を⾛るドライブウェイ。

相模湾、駿河湾、富士山等の眺めを楽しみながら走ることができます。沿線にはビューポイントや休憩所が用意されているので、雄大な景色をゆっくり堪能できますし、大自然の中を走り抜ける爽快さも魅力です。

海、山、里山に恵まれた静岡県の豊かな自然を体感し、その恩恵を受けて育まれた食材に思いを馳せられる景色が待っています。 みなさんも、景色に見とれすぎないように、ドライブを楽しんでくださいね。

井戸総料理長が「ぜひ見てほしい」と話す伊豆スカイラインからの雄大な富士山。(写真提供:静岡県道路公社)
春夏秋冬、様々な景色を楽しめる。(写真提供:静岡県道路公社)
朝から夜景まで1日の中でも変化する美しい景色が魅力。(写真提供:静岡県道路公社)

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伊豆スカイライン

https://siz-road.or.jp/road/izusk

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取材日:2025年10月22日
ライター:ごはんつぶLabo アオキリカ
写真:小南 善彦 写真提供:ABBA RISORTS IZU 坐漁荘、静岡県道路公社

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