旅のレポート「美味ららら紀行」

地域の「宝」に出会う旅 ~ブランド牛と地域創生の物語~

旅やドライブが好き、食べることも好き。ドライブの途中で見つけた道の駅やファーマーズマーケット、その土地のローカルスーパーを巡るのも大好き。いっそ、それを目的に出かけることもあるくらい。それって、私だけじゃなですよね?

先日、渋滞を避けて偶然通った道沿いに見つけたファーマーズマーケット。そこで、お手頃価格のお値段とお肉の色の良さに惹かれて買った牛肉の、あまりの美味しさに驚きました。その美味しさの秘密をどうしても知りたくて、生産者さんを訪ねました。今回は牛と地域への愛にあふれたご夫婦の物語をご紹介します。

美味しい牛肉との出会い

画像からでは、香りが伝わらないのがもどかしいのですが、甘~く芳醇な香りがキッチンに広がっています。

見るからに新鮮さが伝わる鮮やかな肉色は、火入れも最小限に、シンプルに食べてみたいと思い、味つけも塩と黒胡椒のみ。いつもはお洒落な盛りつけなんてしないのですが、ワンプレートに仕立てて撮影してしまいました。

料理する人間を“その気にさせるお肉”です、これ。

盛りつけも“おめかし”させたくなってしまったお肉。(撮影:ライター)

早く食べたいから撮影はほどほどに切り上げ、まだ熱々のお肉を口いっぱいにほおばって、ビックリ!

「う~わっ。このお肉、すっごく美味しい!」

買ってきたのは前日なのに、赤味は鮮やか、脂身の白さも際立つ美しい牛肉。(撮影:ライター)
すき焼きやしゃぶしゃぶでも食べてみたかった!(撮影:ライター)

まず感じたのは鼻に抜けていく芳醇な香り。お肉はとろけるように柔らかく、和牛の特徴と思われる濃厚な甘みがありながら、スッと消えて、くどくはありません。塩胡椒でしか味つけをしていないのに、いやいや、十分。白米が進んで困るほど。夢中でもう1枚、もう1枚と食べてしまい、ひとりで食べるには多かったかなと思っていたのに、完食してしまいました。一度は捨ててしまったラップを拾い上げると、「牛スライス」としか書かれていません。霜降りの脂の甘さと赤身の肉のうま味。とてもバランスが良いこのお肉、これは一体、どんな牛肉なのでしょう!?

お肉を買った「ジャパンバザール」へ!

向かったのは、国道一号線バイパス東光寺インターチェンジから車で15分の島田市阪本という地区にある「ジャパンバザール」というお店。富士山静岡空港までも車で15分弱という地域です。

ここで、牛肉の生産者である杉村雅子さんと待ち合わせしました。

地元農家さんの野菜や加工品が並ぶ店内。次々とお客様が来店し、この日はお昼前の時間帯に関わらず品薄状態。
野菜や果物、お肉のような生鮮食料品だけじゃなく、農産物の加工品やパン、雑貨等も販売。

店内には、地元の農家さんやお店の農産物や加工品がずらりと並んでいますが、お客さんが次々に来店され、棚に並んだ野菜はみるみる少なくなっていきます。でも、生産者さんも入れ代わり立ち代わりやってきて、野菜や果物を並べていました。奥の調理場で作る揚げたてのコロッケや焼き豚等が並ぶお総菜コーナーも人気のよう。こちらも並べるそばからお客様の買い物かごに!待ちかねていたように商品を手に取る方が多く、見る間に品薄状態になりました。伺ったのはお昼前。11時からお昼ごろまでが特にお客さんでにぎわう時間帯だそうです。

お目当ての精肉コーナーも充実!牛肉だけじゃなく豚肉も並んでいる。
でも、今日のお目当ては、この牛肉!!赤身の鮮やかさもだが、脂の白さも際立って美しい!

お目当てのお肉コーナーも、充実の品ぞろえ。ファーマーズマーケットというと、野菜や果物が中心のところが多いですが「ジャパンバザール」はお肉が充実しているのも特徴のひとつ。

それというのも、このお店を始めたのが牛を飼育されている「杉村牧場」のご夫妻だから。

現在は他の方が代表を務めていますが、その始まりは平成15年(2003年)。いまでこそ、JAが運営するファーマーズマーケットが静岡県内でも各地にありますが、「それよりも早かった」と杉村雅子さんは話します。

自慢のお肉をご紹介してくださった「杉村牧場」の杉村雅子さん。

「主人がね、のぼせちゃったんですよ。」

え?のぼせちゃったとはどういうことでしょう?

「 (ジャパンバザールの前を走る)道路が新しくできた時、ここは平らで富士山が見える場所でした。後ろに山を背負っているから日当たりが悪くて、畑にするには適していないんです。そこで、最初は無人の堆肥(たいひ)売り場を作りました。」

当時、家庭菜園のブームも後押しして、堆肥はよく売れたそう。

「ここで野菜を売ってほしい。」

「富士山も見えるからお弁当でも売ってくれたら、ここで食べたい」

そんな声がお客様から出るようになり、試しにテントを立てて販売してみたところなかなか好評だったとか。

「それで主人がのぼせちゃった(笑)。うちの美味しい牛肉を多くの人に味わってほしい!そういう想いもありました。主人はね、思い立ってからの行動が本当に早くて。建物も建てて、お店を1年で立ち上げてしまったんです。」

なるほど、「のぼせちゃった」というのは、熱い気持ちになったという意味だったんですね。 もちろん、ご主人が“のぼせてしまった”だけではありません。そこには雅子さんとご主人、昭彦さんの地域への思いもありました。

地域への恩返し

「私たち農家って、ひとりで仕事をすることが多いから孤独なんですよ。」

と雅子さん。

「でもね、私は週に一度、袋井の市場(袋井常設家畜市場)で行われるセリに通っています。セリに行くと色々な生産者さんにも会えるし、日ごろご指導いただいている県や経済連等の方たちとも交わりができるんです。私たち生産者サイドと消費者サイドって考え方の違いからどうしても溝ができることもあります。

でもね、こういう場所があれば、お客様とも会話ができるし、やり取りからニーズも図れる。お客様に“美味しかったよ”って声をかけてもらったり、時には叱られたり、みんなで励ましあったり、愚痴を言ったり聞いたり。そういう場所ができれば、仲間ができて、やりがいにもつながるんじゃないかって思ったんです。

私自身、セリで直接お客様の声、ニーズを聞いたり、時にはお叱りを受けたり励まされたりして、情報や学びがこういう場所にあるってことを知りました。毎回同じではなくて、今週はこうだったけど先週は違った、来週はどうだろうって同じページがないんです。でも、そこに情報があって学びもあって、元気ももらえる。それをね、地域の生産者の皆さんにも体感してほしいと思ったんです。」

雅子さん自身は農家の出身ではありませんが、杉村家はもともとお茶と米の農家。代々、名主で、庄屋でもあったそう。

「だから、地域への恩返しの気持ちが常にあるんです。」

と雅子さんは続けます。

「毎週、牛のセリのために島田から袋井まで通う道すがら、いい農産物が色々あるなぁって、いつも思っていました。“1,000円の登録料で半永久的に会員になれるから出品してください。”って呼びかけたら、最初は80人くらい会員さんが集まってくれて事業がスタートしました。」

雅子さんたちにとってはセリが原点。牛の市場に通っていることで着想した初心を忘れないためにも、店名に “バザール=市場”とつけました。イスタンブール等、海外の“バザール”への憧れもあったそうです。

活気があって、人が集まる場所、そういう流通の場所になりたいという想いで始めたバザールは、いまでは、農産物や加工品を納品する会員さんが約250人まで増えています。

納品時に「いつも買っているよ」とか「美味しかったよ」とか声をかけられることで元気をもらえる。
「同じ体験を他の生産者さんにも体感してほしかった」と雅子さん。

「ジャパンってつけたのは大きく出ちゃいましたね(笑)」

そう笑う雅子さん。

いやいや、“地元の経営者が地元の人たちを雇用して、地域に新しい産業を創出して、この地域を元気にしたい”その杉村さんご夫妻の想いは、地域はもちろん、日本の経済の根幹を支えるものであると思います。“やりがい”の創出は、この土地への愛着にもつながって、郷土を誇りに思う心も育てられるのではないでしょうか。

理想とする循環型農業と牛を飼うこと

「主人はこどもの頃から、牛を飼いたいと思っていたんですって。お米は自分たちで食べて、藁(粗飼料)と濃厚飼料(穀物主体の餌)を牛に与え、美味しいお肉の牛を育てる。その排出物を発酵させて、堆肥にして田畑に還元して、良いお茶とお米と野菜を育て、山や林も守りたい。どれが欠けてもできない、循環型の農業をしたいと考えていたそうなんです。それって、地球にも優しいじゃないですか。それを聞いて“あ、いいんじゃないかな”って私も思ったんです。」

ボーイスカウト活動のリーダーとして出会った昭彦さんと雅子さん。

昭彦さんは大学卒業後、茶業試験場で1年学んだ後、昭和54年(1979年)に家業を継ぎ、念願の牛も飼い始めました。SDGsなんて言葉がない時代から、既に環境にやさしい持続型の農業をスタートさせていたのです。
最初は6頭の褐牛(赤毛和種)から飼育を始め、24歳の時に初めての出荷。雅子さんとご結婚されたのは昭和57年。その頃には牛は120頭まで増え、いまでは、様々な月齢の肉牛を約200頭飼育されています。 ジャパンバザールを後にして、杉村牧場へ向かいます。ここからはご主人の昭彦さんも一緒に、牧場をご案内いただきました。

「こどもの頃から牛が飼いたかった」という杉村昭彦さん。

「僕はね、こどもの頃から体が小さかったからか、大きなものに憧れていて、牛が飼いたいと思っていたんです。色々聞いてみると、酪農は朝から乳絞りがあって大変だと。肥育なら昼間はフリーになれるから米やお茶、畑もできると肉牛を選びました。」

そう話してくれた昭彦さんですが、取材中も、休むことなく牛の世話であっちへこっちへと動き回っています。

昼間はフリーになれるなんて、とんでもない!生き物ですから、24時間、365日、気が抜けない日々。お休みは1年に2回、夏と冬に温泉へ1泊旅行をする程度。体力仕事なので、肩や腰がボロボロ。それを癒しに出かけるのが唯一のお休みだというから、本当に大変なお仕事です。

愛おしそうに牛を見つめる杉村昭彦さん。「牛が好きで好きで、自分のお昼ごはんを抜いてでも牛の世話をしている」と雅子さん。

肥育の場合、餌としての藁は必需品です。稲作地帯でないと藁はありません。いまは、流通経路も良くなってどこからでも藁は手に入るものの、遠い地域のものはそれだけ高くなるため、なるべく地場産の藁を使いたいと昭彦さんは考えています。昭彦さんが30代後半の頃、牛が食べる藁を求めて、大井川や焼津、掛川等広い地域を回っていた時のこと。

瘦せている田んぼの持ち主には、お金ではなく堆肥で支払うこともあったそうです。

「大洲(藤枝市)という地域の田んぼでね、一反で六俵しか収穫が無いと聞いて、“うちの堆肥を入れてごらん”って使ってもらったら、次の年に八俵の収穫に増えたんですって。3年目には“畝取り(せどり)”(=一反で十俵の収穫があること)になった。これ以上、収穫量が増えると重すぎて稲が倒れて食味が落ちてしまうから、その年以降は、お金でのやり取りになったそうです。

こういう経験やギブアンドテイクの関係が、ある種の営業活動にもなりましたし、地域の方にも頼りにしてもらえるようになったんです。」

そんなエピソードを話してくださる雅子さんからは、循環型農業を実践できている矜持と、ご主人へのリスペクトの気持ちが伝わってきました。

牛の飼育と地域の農業が密接につながっています。土壌の改良と再生、それに伴うお米の品質向上、さらには人とのご縁の拡がり。全てが、昭彦さんが理想としていた“循環”の輪の中にあるように思います。

実に理にかなった循環型農業ですが、そこには気持ちのやり取りやキャッチボールを大切にして、高めあうことのできるご夫妻のお人柄も大きいと感じました。

食通(グルメ)の静岡牛 葵

現在「杉村牧場」で飼育している牛は、「食通(グルメ)の静岡牛 葵」というブランド牛。

一見、真っ黒な黒毛和牛のように見えましたが、よく見ると中にはおでこやお腹に白い斑(ふ)が入っている子も混ざっています。これは、お母さんの模様が出ているから。「食通(グルメ)の静岡牛 葵」は、黒毛和牛を父に、乳用種(ホルスタイン)を母に持つ交雑種の雄牛です。

雄牛ですから本来は気の荒い牛もいますが、生後2か月くらいから飼育を始め、月齢に応じて去勢したり、除角といって角を切ったりすることで、(種自体も改良されてきていますが)おとなしくなり、餌を食べることに集中するようになるそうです。

角を切るのは、世話をする際に危ないということもありますが、4~5頭を同じ部屋で飼うようになった時に、牛同士がじゃれあって牛体を突いてしまうことがあるから。その時に内出血してしまうと、食肉として使えなくなってしまうんです。肉牛は経済動物なので、瑕疵(かし)が無いように育てることも大切です。

出荷するのは、生後24ヶ月から25ヶ月くらい。生後2か月で牧場に来るので22~23ヶ月間、毎日、目をかけ世話をして一緒に過ごします。

交雑種のお肉の特徴は、黒毛和牛のきめ細やかな肉質と霜降り肉の和牛独特の甘み、そして乳牛のあっさりとした脂。いわゆる“いいとこどり”の脂と赤身のバランスの良さ、肉本来のうま味としつこくない味わいが魅力です。まさに、私が「ジャパンバザール」で出会ったお肉!脂の部分の甘さと肉のうま味がしっかりしているのに、全然くどくなく、いくらでも食べられてしまいそうなお肉です。

この「食通(グルメ)の静岡牛 葵」を名乗れるのは、JA静岡経済連の「飼育マニュアル」に沿って飼育をしている認定農家の枝肉だけ。飼育マニュアルでは、指定の飼料を牛の発育月齢によって決められた量で与えるなど、管理が徹底しています。オリジナルの「葵ビーフ」という飼料には、お茶の粉末や飼料米が含まれ、肉質の品質向上と美味しさを追求しています。

「経済連から新しいお肉のブランドを立ち上げるという話をいただいた時に、安心・安全な静岡牛を手ごろな価格で提供したい、というコンセプトに共感し、一緒に静岡牛ブランドの発展を盛り上げていこうと、参加させていただくことを決めました。うちはお米もお茶も作っているから、自家配合の餌でやっていた頃にも餌に米ぬかや茶葉を混ぜることもあったんです。餌の食いつきが違いましたよ。」

と雅子さん。

お茶農家でもある杉村さん。茶葉は、ジャパンバザール等で購入可能。

「いま、認定農家は静岡県内でうちも入れて7~8軒。同じマニュアルをもらっても、育てる地域によって、気候も違うし、水も違う。飼育している部屋の大きさも農家によって違うし、牛それぞれの個性もあります。餌の決まりはありすが、うちにはうちのやり方があり、決められた範囲の中で独自に変えています。草だけじゃなく、穀物の飼料を与えることで肉質をよくしていきますが、生産者によって配合が違うから、そこに個性が出るんですよ。」

昭彦さんは楽しげな表情で話してくれました。

指定された餌で管理マニュアルに沿って飼育することになってはいても、その枠の中で生産者さんそれぞれが工夫を凝らして、最高の肉質を目指しているのですね。

昭彦さんが最もこだわっているのは、肉質。よりよくなるように、時期や個体によって、餌の配合を変えています。特に脂の質は、サシの入れ方、霜降りの模様の入り方も重要なので、一頭ずつの餌の食いつきや状態を見ながら、日々変えていると言います。

指定の「葵ビーフ」という濃厚飼料に加えて与えていた大豆。第4の胃で吸収しやすいように加工がしてある。

「毎日毎日が同じようでいて、やっぱり天気や気温が違ったり、微妙に食べ残していたり、逆に食べ過ぎてしまったり。その日によっても牛の状態も違います。50年近くやってきた経験から分かることもあるし、まだまだ学ぶことも多いですよ。」

この日、月齢によって、いくつかに分かれた牛舎の中で、マフラーみたいなものを巻いている牛を何頭か見かけました。雅子さんに尋ねると

 「あの子たちは、風邪をひいちゃったんですよ。あのマフラーはね、主人のセーターを切ってスヌード状態にしたもので、首の甲状腺を温めてあげているんです。朝、目が覚めて冷たい空気を吸い込むと気管支に来てしまうんです。餌を食べていても、咳をするから風邪をひいたことが分かります。餌をあんまり食べなくなってきちゃうと、それはかなりひどい状態。でも、その前に見つけてあげます。1回でも咳をしたら疑って、直腸検温をして、もし熱があれば薬をあげて対応します。このところ、急に冷え込んできたから、風邪をひいちゃった子が多いの。特に仔牛は環境の変化、気温差に弱いから気を付けてあげないと。」

200頭もいる中で、1頭1頭にしっかりと目を配って、些細な変化に気づかれることに驚きました。

まだ数日前に杉村牧場に来たばかりの仔牛。ペレット状の餌で胃袋を大きくしている真っ最中。

ある程度大きくなった牛を購入して育てる生産者さんもいますが、杉村牧場さんでは生後2か月の仔牛を市場で買いつけ、そこから育てています。この日も、数日前に来たばかりの仔牛が3頭。その子たちはようやく乳離れしたばかり。昭彦さんが続けます。

 

「牛は胃袋が4つあるのはご存知ですよね?でも、最初から4つに分かれているわけじゃないんですよ。母乳だけで育っている間は、胃袋は1つしかないんです。

来たばかりのこの子(生後2か月の仔牛)たちには、草を食いこめる(たくさん食べられる)ようになるために、ペレット(小さな粒)状の餌を与えてまずは胃袋を慣らしているところ。

隣のもう少し大きい子は、うちに来て2週間くらいかな。もぐもぐと反芻しているでしょう?これは、もう胃袋が増えている証拠。胃袋はすごいスピードで大きくなるので、来て1週間もすると餌を求めてすごく鳴くようになります。“おなかが空いた~!”“餌をくれ~”って(笑)。

母乳からペレットに切り替えると、1つの胃が4つに分かれていくんです。そこも面白いなぁと思ってね。単胃動物の豚ではなく、牛を育てたいと思った部分でもあります。草を食べて肉ができる、草を食べて牛乳ができるってのも、不思議だなぁと思いましたしね。」

「この仔牛はまだ100kgくらいだけど、200kgくらいの大きさが1番大事。4つの胃袋が成長する時期です。だから、その時期は濃厚飼料よりも草を食べて欲しい。牧草とか藁とかで胃壁を摩擦することで丈夫な胃ができます。濃厚飼料も大事だけど、どれだけいい牧草を食べさせてあげられるかで、この子たちの素質が決まります。」

口々に牛のお話をしてくれるご夫妻からは、牛への熱い想いや愛情が伝わってきます。

月齢や体の大きさによって、餌を変える工夫と大変さにも驚きでしたが、牛の胃袋が生まれた時から4つじゃないことを、恥ずかしながら私は初めて知りました。

仔牛は特に環境の変化の適応力も弱いので、仔牛のいる部屋は、母屋のダイニングキッチンの目の前。お二人が牛舎を離れている時も、仔牛の異変に気がつけるように設計したそうです。仔牛に限らず、牛は寒暖差に弱いので

「天気予報で“明日は寒暖差にご注意ください”って言われると、自分よりまずは牛のことを考えちゃう。」

とご夫婦ともにおっしゃっていました。

牧場をご案内くださった杉村 昭彦さん・雅子さんご夫妻。

この日、翌日に出荷を控えた牛が3頭いました。

先ほどまで見せていただいていた仔牛と比べると、ビックリするほど大きく成長し、約2年で1トン前後に育つそう。その大きな子たちの頭や体を昭彦さんが優しい手つきで、何度も何度も撫でていたのが印象的でした。

「牛はね、触ってあげればあげるほど、おとなしくなります。出荷前にはできるだけ、ああやって落ち着かせて、ストレスを減らしてあげているんです。主人に撫でてもらうと気持ちよさそうにしていますよね。」

 

ストレスがかかると、肉質に影響が出てしまうそう。お肉の色が黒くなったり、アンモニアが発生したりすることもあるとのこと。出荷前、いつもと様子が違うと感じることも、牛にとってはストレスです、もちろん、普段の生活でも、風邪をひいてしまうことや、暑さがつらいこともストレスにつながるので、穏やかに過ごさせてあげるのが1番大事。

だから最近の気候変動による猛暑は、牛にもかなり堪える状況だそう。牛舎の天井には、大きな扇風機が付いていて、それを回してしのいではいるものの、「この先、どこまで気温が上がるか心配」だと話されていました。地球温暖化は、生産者さんにとっても大きく影響しています。

お水は、大井川水系の水道水。この水も美味しい牛肉作りには欠かせない要素のひとつ。

「牛飲馬食(ぎゅういんばしょく)って言葉がありますけど、牛は水をすごく飲むんです。だから、うちはこの辺りでは1番水道代が高い(笑)。暑い夏場は特にたくさん飲みます。でも、飲むと床も汚れるから掃除も大変。牛は綺麗好きだから、寝床の汚れもストレスになっちゃうからね。」

食べるものは身体を作るので、餌はとても大事ですが、こうして隅々まで目を配り、手間ひまを惜しまず、愛情をもって接することで、牛たちは健康に大きく育っていくのですね。

「いただきます」は命と、その命を育む人への感謝の言葉

帰り道、もう1度、「ジャパンバザール」に立ち寄って、牛肉を買って帰ることにしました。

加工品売り場には、杉村牧場さんの牛肉を使ったドライソーセージもあり人気商品のひとつだそう。このドライソーセージを使って作る炊き込みごはんのレシピも置いてありました。レシピは、お料理上手で、美味しいものを食べるのもお好きな雅子さんの考案。雅子さん、どんなに疲れて帰ってきても必ずお料理をするのだそうです。

「料理をすることで1日がリセットすることもできるみたい。食べるだけじゃなくて、作ることで満たされますし、料理をしながら仕事のアイデアが浮かぶこともあります。」

アイデアマンの雅子さん。次はどんなレシピをご紹介くださるのか、楽しみにしています!

杉村家はお茶農家でもあるので、お茶のシーズンには、新芽を天ぷらのかき揚げにするそうですが、ふと思いついて、蒸し器に新芽を敷いて、その上に牛肉を並べ、さらに新芽を乗せて蒸してみたそう。

名付けて、“食通(グルメ)の静岡牛 葵の新茶蒸し”。

「蒸している時の新茶の香りにすごく癒されます。蒸しあがると新芽の色は悪くはなるけど、それも柔らかいからポン酢でお肉と一緒に食べちゃう。それをFacebookにあげたら、新茶の新芽がすごく売れるようになりました。」

その他にも、牛スライスを重ねて作るミルフィーユカツや、スライスしてから細かく切って丸めた肉々しいハンバーグ等、雅子さんのアイデアは尽きません。ドライソーセージの炊き込みごはんもレシピ付きなのが、お客様に好評です。

レジの方におススメを伺ってみると、すごくいい出汁が出るので、これからの季節には、牛すじやすね肉で作るおでんが美味しいとのこと。そしてやっぱり煮込み系がオススメですよ、と

「切り落とし肉で作るすき焼き風の煮物や牛丼も美味しいです。」とお話しくださいました。

最初は焼いて食べてしまったので、今回はすき焼きとシチューかスープを作ろうと、切り落とし肉とすね肉を購入して帰りました。

綺麗にサシが入ることで、肉色もより美しく見えるのだそう。こんなに良いお肉がこのお値段でいいの?と驚くはず。

牧場を訪れて、生きている牛たちの姿を見学させてもらったばかり。この記事も、複雑な思いで読まれる方もいるかもしれません。でも、杉村さんご夫妻が愛情をたっぷりかけて、真摯に牛たちの命に向き合っている姿を見た後だからこそ、命をいただく大切さを胸にしっかり刻み、美味しく食べることが大切だと思うのです。

 「いただきます」という言葉は、命をいただくことへの感謝。そして、その命を育む生産者さんたちへの感謝の言葉でもあります。それを改めて思い出させていただいた時間でした。

今回ご紹介したのは、ただのファーマーズマーケットではなく、生まれ故郷と牛への深い愛情が育んだ、地域の魅力が詰まった「宝箱」のような場所でした。さぁ、みなさんも出かけてみませんか?

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ジャパンバザール

〒427-0111
静岡県島田市阪本4245−3
TEL:0547-38-5505 /

営業時間:9時~17時30分
定休日:なし

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杉村牧場

〒427-0111
静岡県島田市阪本4206
TEL:0547-38-0205 / 090-5867-8039(雅子さん携帯)

FAX:0547-38-5691

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最後に「ジャパンバザール」から車で10分ほど。島田市といえば欠かせないスポットをご紹介しましょう。

大井川にかかる蓬莱橋(ほうらいばし)は、全長897.4メートル、通行幅2.4メートルの木造の橋。平成9年12月30日には「世界一の長さを誇る木造歩道橋」としてギネスに認定されました。国内でも数少ない賃取橋(ちんとりばし)としても有名で、県内外から多数の観光客が訪れています。

「長い木=長生きの橋」や、「全長897.4(やくなし=厄無し)m」の語呂合わせから、縁起のいい橋としても人気です。

世界一長い木造の橋としてギネスブックにも認定されている蓬莱橋。
橋のたもとにある「8974(やくなし)茶屋」では、地元のお茶や銘菓等も販売。杉村牧場さんのドライソーセージも購入可能。

欄干の高さが約50cmと低いので解放感もありますが、風が強い日はなかなかのスリル。キュッキュッ、ギシギシ、時にはガタガタッと橋板を鳴らしながら歩くと、時代劇の登場人物になったかのような気分も味わえます。

でも、さすが「越すに越されぬ大井川」と言われるだけあって、歩けども歩けども、なかなか向こう岸にたどり着きません。“ど真ん中”と書かれた橋板を見つけたときは「あった!」と思わず声をあげましたが、まだ半分なのか、ここで引き返す?と弱気もちらり(笑)。

しかし、対岸には散策路があり、長寿の鐘や七福神像等のご利益ポイントもあるので、お時間があればぜひ渡り切ってみてください。

いまでこそ観光名所になっていますが、蓬萊橋は明治12(1879)年に架けられた農業用の橋です。

今でも農家さんが対岸の茶園を管理するために、農道として利用しています。

対岸(大井川右岸)の牧之原台地は、全国有数の茶園。最後の将軍徳川慶喜公を護衛してきた幕臣たちが開墾し、お茶づくりを始めました。橋ができる前は大井川を小舟で渡らなければならず、行き来するのに危険が伴っていたそうです。

幕末の開港以降、生糸とともに重要輸出品となったお茶は各地で生産が盛んになりましたが、中でも牧之原台地は日本の最も代表的な茶産地として、日本の輸出産業を支えたのです。

橋名の「蓬莱=宝の山」とは、牧之原台地を指して名付けられたのかもしれません。

ご紹介した杉村さんご夫妻が育てているのは「食通の静岡牛 葵」。「葵」は徳川家の家紋ですし、静岡の「宝」となるようにとの想いも込められているはず。有名な観光スポットとしてご紹介するつもりでしたが、蓬莱橋は「食通の静岡牛 葵」とのご縁も感じさせる場所でした。

近代日本の歩みを見守りつつ、いまも農作業のために往来する人々を支えている蓬莱橋。その歴史と郷土が育む静岡の「宝」に想いを馳せながら、ぜひ渡ってみてください。

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蓬莱橋

〒427-0017
静岡県島田市南2丁目地先

TEL:090-7866-1056
営業時間:終日渡橋可能
入場料:大人(中学生以上)100円
小人(小学生)10円
未就学児 無料
※障害者手帳をお持ちの方 無料

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取材日:2025年11月19日

ライター:ごはんつぶLabo アオキリカ
写真:小南 善彦

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