
旅のレポート「美味ららら紀行」
静岡を旅する理由が、ここにある。そば一杯から始まる、ガストロノミー体験
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静岡を旅する。
富士山、駿河湾、茶畑——そのどれもが魅力的だが、ときには、「人に会いに行く旅」があってもいい。静岡市葵区に、そんな目的地になりうるそば屋がある。
たがた劇場—そばに魅せられた店主が生んだ、もうひとつの舞台
そばが好きで、好きでたまらない。
その想いから、店主、田形さんが考えたのが「たがた劇場」だ。
客席と厨房の境目はない。
離れたところでも良い香りのする「在来蕎麦粉」。目の前で粉が水を含み、やがてひと塊にまとまっていく。
のばし、畳み、迷いなく包丁を入れる所作は、まるで静かな演目を見ているかのようだ。
やがて打ち上がったそばは、そのまま釜へ。
茹でたてを味わう瞬間までが、この劇場の一幕である。

だが、魅力は技だけではない。
在来そばの話、山と海の循環の話、種を守る人々の話。
たがたさんの語りが重なることで、一杯のそばが、静岡という土地の物語へと変わっていく。
「そばは、文化なんです」
そう語る声を聞きながら食べるそばは、ただの食事ではなく、体験になる。
所作を見て、話を聞き、打ちたてを味わう。
そばへの情熱そのものを味わう時間。

在来蕎麦との出会い
その語りの中で、田形さんが何度も口にする「出会い」がある。
清水で在来そばを育て続けている、田島さんという人がいる。
畑のこと、家のこと、昔のこと。
話を聞くうちに、田島さんは何度も繰り返すように、こう語ったという。
「おじいさん、お父さん、お兄さん。(その代から)あたしは嫁に行ったけど、時々手伝いに来るだよ」
「その間、ずーっとタネは変えてないだよ」
飾り気のない、まっすぐな言葉だった。
けれど、その一言の重みは、どんな専門書よりも深く胸に残り、品種改良でもなく、流行でもなく、ただ静かに守られてきた種。
そこには、暮らしそのものがあった。


「在来って、こういうことなんだなって思ったんです」
田形さんはそう振り返る。
畑に立つ人の声を聞いたとき、在来そばは“素材”ではなく、時間の積み重なりであり、土地の記憶なのだと気づいた。その日を境に、田形さんの中で何かが変わった。
そばを打つという仕事が、種を守り、物語をつなぐ営みに見えてきたのだ。

「山を見れば、海が見える」 そして、そばは、山で育つ
田形さんの語りは、いつのまにか環境の話へと移っていく。
山のこと。
川のこと。
そして海のこと。
そばは山で育つ。
山が荒れれば水が変わり、やがて海の表情も変わる。
静岡市駿河区用宗で育った田形さんにとって、海は身近な存在だった。
かつて澄んだ海に魚影が揺れていた風景も、記憶の中にある。
山を見上げれば、その先に海がある。
そんな土地で育ったからだろうか。
田形さんはいつしか、「海を良くしたければ、山を整えることが大切だ」と考えるようになったという。

そばを未来へつなぐ― 焼畑が教えてくれたこと
焼畑の話に触れるときも、田形さんは同じ目線だ。育ちきった森を切り、焼くことで森をよみがえらせる。土地はゆっくり力を取り戻していく。
焼畑は森を壊すものではない。
火を入れることで山はゆっくり若返り、やがて空気を整える力も取り戻していく。
煙を見て不安の声が上がることもあったが、専門家の話を聞き、現場に立ち続ける中で、それが自然の循環の中にある営みだと知ったのである。
在来そばを求めて各地を巡る中で、人工林の拡大により山の多様性が失われている現実も痛感した。だからこそ、静岡の山を少しでも本来の姿に戻したいと願い、井川で焼畑を復活させることに挑んだ。
焼畑は、日本でもわずかな土地にだけ残る営みだ。
宮崎の椎葉村(しいばそん)、山形の旧温海町(あつみまち)、青森の南郷(なんごう)、そして静岡・井川(いかわ)——。
山に煙が立ち上るのは、年に一度きり。
火を入れるという行為の奥に、森を若返らせるための、知恵が息づいている。
その風景を前にすると、失われかけた文化でありながら、これからの暮らしを照らす灯のようにも思えてくる。
田形さんは、この営みを静岡の旅の中に位置づけたいと考えている。
森がよみがえり、そば文化がつながり、人が集まり、また山へ帰っていく——そんな循環を描きながら。
「環境を良くするのは、結局人の愛なんです」
粉をまとめる手は止まらない。
静かな言葉だけが、そっと残った。

駿府から江戸へ、そばの道
田形さんの語りは、そばそのものの歴史へと向かっていく。
そばの研究で知られる太野祺郎(たのよしろう)先生が、
「こんな蕎麦、まだ世の中にあるのか」と、静岡の在来蕎麦に驚いたという話から始まる。
そして先生の口から語られたのは、静岡という土地が持つ、もうひとつの顔だった。
京都の禅寺で生まれたとされる“そば切り”。
それが今川義元の時代に駿府へ伝わり、
やがて徳川家康によって江戸へ運ばれ、全国へ広まっていったという流れである。
街道を行き交う人とともに、そばの文化もまた旅をした。
江戸のそば文化の背景には、駿府という土地の存在が確かにある。
静岡は、そば文化の重要な通過点であり、発信地でもあった。
それほどの歴史を持ちながら、この土地のそばが観光の文脈で語られることは、決して多くはなかった。
「これは、静岡の財産だと思うんです」
田形さんはそう語る。
種を守り、畑をつなぎ、そばを打ち続ける人たちとともに、この文化を未来へ手渡していきたいと。
そばは、ただの料理ではない。
土地の記憶であり、人の営みの積み重ねだ。
静岡のそばを“宝物”として次の世代へ渡していく——
その覚悟が、田形さんの一打一打に込められている。

「手打ち蕎麦たがた」では、蕎麦懐石のコースが静かに供される。
地元の酒が寄り添い、器の中に静岡の風景が広がる。
最近は海外からの客も増えた。
だが田形さんの思いは、店の賑わいの先にある。
そばを通じて山や海を見つめ直し、静岡のみんなが少しずつ元気になっていくこと。
それが、いちばんの願いだという。
粉を打つ音が、また店に響く。
物語は、今日も目の前で始まる。
——たがた劇場。


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手打ち蕎麦 たがた
〒420-0034 静岡県静岡市葵区常磐町2丁目6-7
TEL: 054-250-8555
https://sobatagata.official.ec/
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