
旅のレポート「美味ららら紀行」
風と文化を感じる小旅行~ eBikeで巡る遠州の小京都・森町 ~ 前編
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風光明媚な自然、宿場町の雰囲気を残す風情ある街並み、歴史ある神社仏閣の多さ等から、「遠州の小京都」と呼ばれてきた森町に、もうひとつの呼び名があるのをご存知でしょうか。
それが“eBikeのふるさと”。
世界初の電動アシスト自転車「PAS」は、平成5年(1993年)にこの町で生まれました。
「高齢者や車を持たない人等の交通弱者にできるだけ多く使ってもらいたい」との想いから特許権をオープンにしたこともあり、現在、電動アシスト自転車は世界中に普及しています。
今回は、森町生まれのeBikeで町を駆け巡りながら、この町を愛する人々と、その郷土愛を育んだ歴史や文化に触れる旅。きっと、あなたも風を切ってこの町を巡りたくなるはずです。
旅のはじまりは「エルドラード森町」から

天浜線の遠州森駅からもほど近く、隣はヤマハ発動機遠州森町工場という立地の「エルドラード森町」さんは、令和4年(2022年)GWのプレオープンを経て翌年2月にグランドオープンしました。お店では、ヤマハ製の電動アシスト自転車の販売と、試乗だけではなくレンタル事業も行っています。
中でも興味深いのはガイド付きで町内の名所やオススメスポットを巡るツアー。個人はもちろん、社員のレクリエーションとしてツアーを申し込む企業もあるそうです。

「いまは、eBikeで通じますがお隣のヤマハ発動機さんの工場で何を作っているのか、地元の方はほとんど知らなかったです。“PASだよ”って説明しても”PASって何?”という感じでした。そこで、”PASのふるさと森町”の名称を打ち出そうとヤマハ発動機さんや町長さんと一緒に話し合ったことが始まりです。 世界に通用する方がいいと、いまは”eBike”で統一しています。」
お話を伺ったのは、「エルドラード森町」を運営するサステン株式会社の友田裕人社長。物流用木製パレットの製造販売を通して、ヤマハ発動機さんとは古くからお付き合いがあったそうです。

「電動アシスト自転車は、他メーカーも開発が進まなかった中、ヤマハ発動機さんはずっと研究開発を続けていました。完成後も軌道に乗るまでには時間がかかったようですが、“これは世界中の人のために必要なものだから、事業は続ける。世界に広めるためにも特許は取らない”という方針の結果、今、他メーカーも参画して世界中に広まっているんです。」
世界に誇れる商品が森町で作られていることをもっと知ってもらいたいと、友田さんも電動アシスト自転車販売店「エルドラード森町」を立ち上げました。
町とヤマハ発動機がPASをふるさと納税の返礼品に採用したことで、税収増加につながりました。納税分は町民が電動アシスト自転車を購入する際の補助金として町民に還元される仕組みもでき、同時にPASの市場拡大にもつながったと言います。
普通の自転車は販売していないし、電動アシスト自転車もヤマハ製のみの取り扱い。「事業としては難しい」と周囲に言われたにも関わらず、お店を始められた理由を尋ねると
「ヤマハ発動機と森町が好きだから。」
そうキッパリ。
「ヤマハ発動機さんや地域の方々のおかげで我々サステンはあります。その方々の役に立たなければという想いです。目先の利益も大切ですが、”地域やお客様と一緒に持続可能な社会を目指す”という精神で、創業以来ずっとやってきました。弊社は創業113年目。私で6代目になります。次の200年の土台を築くための活動のひとつでもあります。」
お話を伺いながら、その郷土愛と利他の精神はどこから来るのだろうと考えました。
最も有名なものは毎年11月上旬に行われる“遠州森のまつり”ですが、森町には各神社や地域ごとに祭りがあり、屋台の引き回し等のお祭りの行事やその準備等を通して、町の人たちが祭りに向けて一体となって盛り上がっている印象があります。そういう歴史や文化も、友田さんはじめ森町の方々の郷土愛に結びついているのではないでしょうか。それに、この地域では二宮金次郎(尊徳)が提唱した“報徳の教え”が昔から根付いていて、古着商等で財を成した人が教育や商売の後継者を支援したり育てていたと聞いたことがあります。
「元々遠州地方は人が住みやすい場所で、中でも森町は(東西も南北も)交通の要所でもあり物流拠点でした。
約1400年前に遠州一宮である小國神社さんが鎮座したことも大きかったと思います。小國神社さんがあることで、我々も、我々の祖先も自然への感謝や共生、そういう想いが自然と根付いてきたんじゃないでしょうか。それが今も祭りや舞楽という形で残っている。東海道線からも、国道一号線からも外れて、開発が進み過ぎなかったことも良かったかもしれません。
報徳の教えも、遠州に広めた人が森町には何人もいて、中には磐田や浜松の信用金庫の創業に携わった人や旧周智高校を作った人もいました。明治の頃に氷砂糖の製法を発明した鈴木藤三郎さんや、烏龍茶を日本で初めて製造した藤江勝太郎さんも森町出身です。
そういう歴史上の偉人だけでなく、今も世界に誇れる製品を森町で作っていることを子どもたちにも伝えようと、ヤマハ発動機さんは、今年から5年生を対象に工場見学を始めました。見学後には袋井警察署のご協力の元、当店敷地内で電動アシスト自転車を使って交通安全教室も開催し、実際に体験走行しています。子供たちにふるさとを誇りに思ってほしいです。」
小さな町だからこその“つながり”があるからできることがある、と友田さん。新しいことを始める時にも、新しい仲間を組み合わせてつなぎ合わせるのが、自分たちの役割だとおっしゃっていました。
電動アシスト自転車のレンタル事業、そしてガイド付きツアーもそのひとつでしょう。
町の人が自分たちの町のことを知ることができるのはもちろんですが、外から来る人たちに、森町の魅力を発信するための入り口にもなり、名所やお店を巡ることで町の人たちとの交流を生み、つなぐ役割も果たしているのではないでしょうか。
文化財の駅舎、副駅名は「eBikeのふるさと」

まだまだお話を聞いていたいのですが、今日のメインは、eBikeで巡る森町散策。そろそろ出発しなくては!
まずはお借りしたヘルメットを装着し、基本的な乗り方の説明を受け、足慣らしに敷地内をテスト走行。スロープを登って、坂道での電動アシスト力を体感します。
ひと足踏み込むとグンッ‼
乗りなれた自転車のつもりで踏みこんだら、ひと漕ぎでグイっと進むのにまずビックリ。
続いて坂道に挑戦。ギアを軽くしただけでは得られない軽さがあり、スイスイっと登れました。
この日巡る予定のコースはいくつか急坂があります。日頃全く運動もしないし、最近は自転車にも乗っていない私は正直ついていけるのか不安でしたが、これは心強い!

敷地内の坂道で練習させてもらえるのも安心!
準備も整ったところで、今日のガイド役を務めてくれる森町地域おこし協力隊の望月銀河さんと、「エルドラード森町」の葭川里加さんと一緒に、まずは遠州森駅に向け出発です。

まだ平地なので、ギアは重め、アシスト力は小さめでスタート。ペダルを踏み込み力がダイレクトに推進力に繋がるeBikeは、実に力強く、少しの力でグイグイと前に進むのを実感。
あっという間に、天浜線の遠州森駅に到着です。足慣らしにしても物足りないくらい(笑)。

東の掛川駅と西の新所原駅を結び、浜名湖の北側を通る全長67.7kmの天竜浜名湖鉄道。全線に渡り、36件にも及ぶ国の登録有形文化財が存在しますが、そのうちの1件が遠州森駅の駅舎とプラットホームです。遠州森駅は、二俣線として昭和10年(1935年)4月17日に開通した掛川から遠州森までの3ヶ所の駅の一つ。当時の駅舎がほとんど改変されずに残った貴重な建物だそうです。駅舎内のベンチも当時のもの。窓には今では貴重な古い歪みガラス が嵌められ、ノスタルジックな雰囲気が満載です。

令和7年(2025年)10月、ヤマハ発動機株式会社がネーミングライツ権を取得し、副駅名が「eBikeのふるさと」になりました。残念ながらこの日は出会えませんでしたが、ラッピング電車も運航しているそうです。

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天竜浜名湖鉄道 遠州森駅
〒437-0215
静岡県周智郡森町森980−2
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森町の風土が織りなす炎の芸術「森山焼」

次に向かったのは森町を代表する工芸品、森山焼の陶房。こちらも5分も走らずに到着しました。
遠州森駅から歩いても10分かからない距離に、森山焼の陶房が何軒か並ぶ通りがあり、そのうちの1軒「静邨陶房(せいそんとうぼう)」さんが本日2ヶ所目の目的地です。
陶房では、三代目の鈴木龍さんと四代目の進さんが出迎えてくださいました。

「森山焼としては私で三代目ですが、焼き物を始めてからは私で五代目になります。前の二代は、金谷(今の島田市)で志戸呂(しとろ)焼をやっていて、私の祖父の時代に森町に来ました。」
森山焼の歴史は明治42年(1911年)、中村秀吉氏により始まったとされています。志戸呂(しとろ)焼の陶工だった龍さんの祖父・鈴木静邨氏がこの地に招かれ、志戸呂(しとろ)焼で培ってきた技術で、日用食器や茶器、酒器、花器等を焼き始めたそうです。そこから「中村陶房(なかむらとうぼう)」、「晴山陶房(せいざんとうぼう)」、「静邨陶房(せいそんとうぼう)」に分かれたのが大正の初め頃と伝わっています。
いまも町内に何軒か残っている森山焼の陶房ですが、作品の雰囲気がそれぞれ違い、釉薬等にも決まりはないため、その自由度と陶房による個性も魅力のひとつだと感じていました。
小國神社境内の事待(ことまち)池には、各陶房の焼き物のかけらを欄干に貼り付けた橋がかかっているのですが、釉薬の多彩さは、一目瞭然。これが同じ森山焼なの?と驚くかもしれません。
中でも、目をひくのが「静邨陶房(せいそんとうぼう)」さんの赤の色。森山焼の中でも“赤焼”と呼ばれ、特に人気が高く展示会等でも人気なのです。

「最初に金谷から出てきたときは、祖父も志戸呂(しとろ) 風のものをやっていたけど、分かれてここで始める以上、二番煎じになるから何か新しいことをやろうと。昔から柿右衛門の赤って知られていますが、赤い色を出すのは結構難しいんですよ。でも、“赤を作り出そう”と昭和の初めの頃から始めたのが、この赤です。軌道に乗るまでは何年もかかったと聞いていますよ。」
多くの人を惹きつけるその赤は、鮮烈で情熱的でありながらも、深みを感じる落ち着きもあり、使ってみると、驚くほどに日々の生活にすっとなじみます。
我が家にも赤焼のコーヒーカップ、茶わん、小鉢がありますが、コーヒーの黒、白米の白、青菜の緑。どんな色も不思議と映える絶妙な色味です。

「(陶作は)土が無いと始まらない。土を作る仕事が無かったら、三分の一くらい助かりますよ。」
と龍さん。
鮮やかな赤色の唯一無二の釉薬に思わず注目しがちですが、陶芸には土作りがまずは大事だとおっしゃっていました。そしてその土こそ、森山焼の特徴のひとつ。
進さんが続けます。

「釉薬や形の決まりはないですが、土はこの町で採れたものを使用することが森山焼の定義になります。
形が作りやすくないといけないので、土には粘性が求められます。いい土が採れたから中村さんもここで始めたし、うちも志戸呂(しとろ)から移り住んだんでしょう。
いまは全国的に(陶芸用の)土が無くなっていて、大きな産地では以前から海外から取り寄せて土を作っているような状況でしたが、それも足りない。かえって森山焼のように、地元の土を使っている方が残っていけるような現状です。」
続いて進さんにご案内いただいたのは敷地内の別棟。
こちらは伝統的な森山焼とは別に、「seison+」の名義でも活躍されている進さんと、同じく作家として活躍されている奥様・高田かえさん、お二人の陶房兼ギャラリーです。

「家族みんなが陶芸に携わっているので、すごくやりやすい環境です。やりがいもありますし。森町は環境ものんびりしていて、作業がしやすいですよ。」と作業の手を止めてお話してくださいました。
進さんはろくろ、かえさんは手びねりと、違いはあれど、調和がとれているお二人の作品。
進さんの急須や湯のみは、茶処ならでは。お茶の色が映えそうですし、とても使いやすそう。かえさんの花器は、ほっこりと温かみがあり、そのままでもオブジェとして目を和ませてくれます。

「三人三様、全然違う作風なので、見に来てくださる方も楽しんでくださいますね。ご家族でいらっしゃる方もいますが、ご両親は赤焼を、お子さん世代はこちらのギャラリーを目的に来てくださったりね。」とかえさん。
それぞれが全く違う作風だからこそ、お互いの作品を入り口に、新たな出会いが生まれることもあるそうです。

「私も父の真似をするわけじゃなく、自分のやりたいことをやってきました。それでないと、自分の個性が出てこないから。同じものを作っていてもしょうがないです。自分のやりたいことをやっていけばいい。
でも、いままで私で三代つなげてきたからね、とりあえずこの赤の釉薬は残していてほしいなぁ。」
という龍さんの言葉に、進さんがうなずきながらも困った表情。
「でもね、それも難しいんですよ。可能な限りはやろうと思っていますけど、何をやるにも元の原料が手に入らなくなってしまったら終わりなんです。赤はまだ大丈夫ですが、seison+で使っていたものの中には、中国から取り寄せていた原料が、作っていた工場がやめてしまって一切入ってこなくなってしまったり、瀬戸で薬(釉薬)を作ってもらっていたところも高齢でやめてしまったり。代わるものを探しますが、微妙に違ってしまうんです。」
連綿とつなげてきたものが、どこかひとつでも欠けてしまうと作れなくなってしまう。陶芸に限らず、いまどの世界でも問題になっていることではあるものの、どうかこの灯が絶えないようにと願うばかりなのがもどかしいです。せめて、知って、買って、使って、支援することで少しでも応援できたらと思います。
森町で3年に一度開催されている「森乃炎 森町陶芸家作品展」が今年6月に開催予定です。
(森町の土を使っている)森山焼の各陶房以外にも、町内在住の作家さんの作品が一堂に集まる機会。森町ならではの多種多様な焼き物の魅力をこのイベントで知り、お気に入りの作家さんを見つけて、各陶房へ足を運ぶ方も多いそう。
私も3年前に伺いましたが、器好きにはたまらない時間でした。6月が待ち遠しいです。
でも、その前にGW前には窯出し予定という新作を見せていただきにお伺いしますね。

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赤焼窯元 静邨陶房 / seison plus+
〒437-0215
静岡県周智郡森町森1759-3
営業時間 /10:00-17:00
定休日:不定休
電話番号:0538-85-3536
https://seison-plus.jimdofree.com
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難関!? 陣屋峠越え

割れ物の陶器を購入するのはさすがに躊躇。お買い物はまたの機会にしましょう。しっかりと目の保養をさせてもらって、次の目的地は、小國神社さんです。
ガイドの葭川さんが選択したのは「静邨陶房(せいそんとうぼう)」さんから県立遠江総合高等学校(旧森高校)の裏を通り、一宮・小國神社方面に向かうルート。この山越えの峠、地元では「陣屋峠」と呼ばれています。
江戸時代の森町の領主の陣屋(代官や旗本の役宅)が、この峠の登り口にあったことが名前の由来だそう。
小國神社への渋滞を避けるルートして、何度も車で通っていますが、坂の傾斜もさることながら距離が長いので、eBikeの力量を体感するにはうってつけ。葭川さんも「eBikeの性能を体感してもらいたくて、このルートを選んだ」とおっしゃっていました。
電動アシスト力を最大にして、ギアも軽めにして、グイグイグイ!と漕ぎきって無事に登り切ることができました!

長い急坂も立ち漕ぎもせずに登り切れるのは、eBikeだからこそ。電動アシストはあるものの、自分の脚で坂を登りきることができた達成感も格別でしたが、下り坂の爽快感がまた気持ちよかった~!!
この後、もう1つ山越えがありましたが、そこもスイスイ。次の目的地「小國神社」さんはすぐそこです。
遠州遠江国一宮 小國神社へ

御鎮座1470年という長い歴史を持つ「遠州遠江一宮 小國神社」は、森町だけではなく遠州遠江地方一帯の一宮として、古くから篤い信仰を集めてきました。
広大な御神域には樹齢数百年の老杉が茂り、荘厳で凛とした雰囲気が漂っていますが、不思議とその空気は温かく、いつ参拝しても「いらっしゃい」とやさしく迎え入れていただいている安心感のようなものを感じます。

「ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、別名、大国主命=(おおくにのぬしのみこと)や大黒様と呼ばれています。神話において因幡の白兎を助けた心やさしい神様ですから、もしかしたら、神様のそのやさしさを感じていらっしゃるのかもしれませんね。」
ご案内くださった打田権宮司(うちだごんぐうじ)のお言葉に納得。大国主命さんのやさしさでしたか。
この土地や人々を守ってくれる神様へ祈りや感謝を捧げるための場所であることはもちろんですが、春の桜、GWの頃の新緑、秋の紅葉等、四季折々の景色は観光名所にもなっていて、いつご参拝しても、たくさんの方がいらっしゃる印象があります。門前の「ことまち横町」のにぎわいや、お守り等の授与品も豊富で、訪れる楽しさがあることも魅力のひとつ。ずっと変わらない部分は守りながらも、時代のニーズにあわせて進化している印象です。

令和6年(2024年)から授与されている“十二段舞楽・十二支特別御朱印”もそのひとつ。1300年余りの歴史があり、国指定重要無形民俗文化財でもある十二段舞楽を広く周知するためにも、と始まりました。日本画家の鳥居 禮さんから小國神社へ寄贈された十二段舞楽の絵画と、神社ともご縁の深い画家の秋場美緒さん描きおろしの干支の挿絵が見開きになっています。1年毎に十二段舞楽を一段ずつ、干支の巡りと合わせて集めていく楽しみがあります。
「不易流行(ふえきりゅうこう)という言葉があります。不易は変わらないこと、流行は移りゆくこと。その両方のバランスをしっかり保つことによって、伝統や文化、信仰というのは次の世代につなげられるものなんですね。あんまり先端を追い過ぎてもダメですし、かといってかたくなに変えないというのも違います。少しずつ変わっていくのが理想かな、と思っております。
今回のeBikeも新しい参拝のカタチですよね。車やバイク、馬車等、交通機関は時代の変遷で変わってきています。環境だったり健康問題だったりという社会的な課題のある中でのeBikeでのご参拝。こういったものが少しずつ神社の中にも入ってくるのは、とてもいいことだと感じています。」

参拝者休憩所には、eBikeの展示もされていました。
小國神社さんにも駐車場の一画にサイクルラックが設置されており、私たち以外にも利用されている方がいました。確かにeBikeは環境にやさしいですし、新しい交通手段として広まれば、お正月や桜、紅葉の季節の神社周辺の渋滞対策の一助になるかもしれませんね。
「こういう古い歴史のあるものがあれば、eBikeのような最先端のものもあり、しかも発祥の地であるということは、私も森町に住んでいますが、やはり嬉しいですよね。私たちは信仰を深めていますが、個人や法人等、様々な方々とも広く関わっていく、それが神社の本来あるべき姿だと思っておりますので、こうしたご縁をいただけるのはありがたいことですし、今後も続けたいと思っております。」
打田権宮司(うちだごんぐうじ)のおっしゃる “ご縁”がまたひとつ形になったものがあります。それが昨年(令和7年)開館した鈴木正彦記念土鈴館。全国でも珍しい土鈴専門の記念館です。まだ木の香りも清々しい館内をご案内いただきました。

左下は、小國神社干支土鈴。令和2年の子年から始まったため、まだ十二支全ては揃わず午年の今年分までが並んでいる。(右下写真提供:遠州遠江一宮 小國神社)
昔から社寺の授与品としても全国で授与されている土鈴。どのお宅にもひとつはあるのではないでしょうか。
土鈴とは、粘土を焼き固めて作られた鈴のこと。振ると内部の土玉が転がってカランカランと軽やかな音色を響かせます。その歴史は縄文時代にまで遡るそう。魔除けや厄除け、招福祈願(しょうふくきがん)等の意味を込めて、神社や寺院で授与される他、祭祀(さいき)の際には祭器・呪具(じゅぐ)として用いられてきました。
記念館の収蔵品は、民俗学者・折口信夫の高弟であり、令和2年(2020年)に亡くなられた国文学・民俗学の鈴木正彦先生が個人で収集されていた1万数千点ものコレクション。土鈴と神道との結びつきや様々なご縁があり、小國神社に奉納されました。
展示されているのは、まだまだほんの一部。北は北海道から南は沖縄、中には海外で制作されたものもあります。干支をかたどったもの、各地の祭事や風俗を表現したものや、大正・昭和時代のレトロな雰囲気を漂わせるもの、現代作家の手によるもの。自由な造形、美しい絵付け、細部にわたる職人の手仕事等、土鈴の世界の奥深さに驚きます。
中には実際に手に取って振り鳴らせるものもありました。鈴木先生が「土鈴は鳴らしてこそのもの」とおっしゃっていたからだそうです。
森山焼の土鈴もありました。木魚のような形の表面には、よく見ないと分からない程、小さく細かな文字で何かが刻まれています。それは般若心経。戦地に赴く夫の無事の帰還を願い、窯主の奥様が作られたという土鈴は、まさに祈りの形そのもの。見ず知らずの方ですが、ご主人が無事に戦地から戻られたと聞き、安堵しました。
土鈴という形あるものを通して、古来より人々が神様に対して捧げてきた祈りや畏怖、感謝の想いが具現化しているように感じられました。そして、その想いはいまも脈々と私たち日本人の心に残っているのでしょう。森町の皆さんからもそれをひしひしと感じます。
この土鈴の奉納をきっかけに、小國神社さんでも令和2年(2020年)の子年から干支土鈴の授与も始まっています。子丑寅卯龍巳に続き、今年は午。私は今年の午からのスタートですが、十二段舞楽の御朱印同様、こちらも毎年集める楽しみができました。

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遠州一宮 小國神社
〒437-0226
静岡県周智郡森町一宮3956−1
TEL:0538-89-7302
https://okunijinja.or.jp/
※鈴木正彦記念土鈴館の入場は無料
開館時間:9時~16時
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「風と文化を感じる小旅行 ~ eBikeで巡る遠州の小京都・森町 ~」
>>後編へ続きます。