掛川駅から山間の天竜、奥浜名湖を経て、湖西市の新所原駅まで、全長67.7㎞を走る「天竜浜名湖鉄道」は、地元では「天浜線」と親しみを込めて呼ばれているローカル鉄道だ。1両編成で、1時間に1~2本の運行ではあるが、JRの掛川駅、新所原駅から乗り継げることもあり、通勤通学のみならず、観光客にも人気が高い。無人駅のレトロな雰囲気も好評で、なにより車窓から見るのどかな田園風景や、浜名湖の景色が旅心をそそる。
今回は新所原駅から天浜線に乗って、途中下車して酒しぼりを体験。全国唯一の一日一組限定の駅舎ホテルや、森の名手、罠師が仕留めた天然肉が味わえる店にも出かけてみた。ここに紹介するのは天浜線の旅のほんの入り口。沿線にはまだまだ知られていない魅力的なスポットがたくさんある。自由気ままに土地の食や文化に触れる旅に出かけてみてはどうだろう。
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天竜浜名湖鉄道
電話/053-925-6125
公式サイト/
https://www.tenhama.co.jp/
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老舗酒蔵で酒しぼりにチャレンジ
お土産、テイスティング付きで
おつまみペアリングも楽しめる!?
天浜線「宮口駅」
最初の途中下車は「宮口駅」。ここから徒歩5分のところに創業1864年という幕末から続く「花の舞酒造」がある。この酒蔵で今人気を呼んでいるのが、酒しぼりにチャレンジできる体験ツアーだ。他所ではまずできない貴重な体験の上、自分でしぼった生原酒を瓶に詰めて持ち帰ることもできるという。さらに花の舞酒造おすすめ銘柄のテイスティング&ペアリングも楽しめる。日本酒好き涎垂のまさにスペシャルな体験ツアーだ。
この日の案内役はソムリエエクセレンスの海野利重さん。体験ルームに入るや、テーブルの上に空の酒瓶がスタンバイ。海野さんの指示の元、その上に漏斗をセッティングし、さらにお酒をしぼるための袋状のフィルターを設置。ここで手渡されたのが、日本酒の元となる「もろみ」だ。蒸米や麹、酒母、仕込み水で造られた発酵中の液体で、乳白色で少し発泡している様子。「一口お試しを」と促され試飲するが…。日本酒とはまるで違う荒々しい強烈な味わいに正直驚いた。このもろみを袋の中に入れ、スプーンで軽くかき混ぜながら漏斗から瓶へと落とす。「しぼる」というので手で袋の中のもろみをしぼり出すのかと思ったが、濾過するイメージに近い。しぼり方で味が変わり、かき混ぜずにゆっくり落とすとスッキリとした口当たりに、かき混ぜて早めに落とすと濃い味わいになるのだそうだ。
しぼり終わったところで再び試飲。もろみの時とはまるで違う飲み口で少しピリピリした刺激があるが、これがまだ発酵中という証し?しぼりたてならではの味わい?しぼりたての生原酒など、ここに来なければ、この体験をしなければ味わえないし、自分でしぼるのだから、美味しさもひとしお。まさにオンリーワンの一本だ。持ち帰って飲むのが楽しみだ。
(左)酒しぼりの準備完了 (右)日本酒の元となる「もろみ」
(左)袋の中にもろみを入れる (右)瓶へと生原酒が落ちていく
(左)最後のもろみをスプーンでかき混ぜ落としていく (右)ラベルを貼って完成
酒しぼり体験の後は専用ラウンジに場所を移しテイスティングタイム。この日は杜氏の鎌江慎太郎さんが全ての工程を一人で仕込んだという希少酒「小仕込みの原酒」と、火入れをしていない「限定純米吟醸生原酒」、ワイン酵母で仕込んだ「Abysse(アビス)」が用意され、「甘夏のピール」「大吟醸の酒粕」「遠州灘の海水塩」とのペアリングが楽しめた。
セレクトされた3種の日本酒。地下800mから汲み上げた
南アルプス水系の仕込み水の美味しさにも感動
ワイングラスでオシャレにテイスティング
定員は12人まで。参加者同士のおしゃべりも楽しい
ソムリエエクセレンスの海野利重さん。
体験ツアーは海野さんまたは専門スタッフが案内してくれる
この日は特別に「製麹」の作業を見学させてもらえた。鎌江さんいわく、「一麹、二生酛(きもと)、三造り」と言われるほど麹づくりが一番大事で、蒸した米に麹菌を散布し、菌が均一になるようにもみほぐし、48時間かけて麹をつくるのだそうだ。花の舞酒造では8月~6月まで、三季に渡り酒を造り、3トン単位で行う大仕込みと120キロ単位で行う小仕込みで醸造。24銘柄の酒を製造しているそうだ。花の舞酒造では蔵見学も行っていて試飲も楽しめる。
部屋の中には蒸し米の熱が充満し、高室温、高湿度の中での力作業となる
24本のタンクが並ぶ様は圧巻。
“山田錦”や“誉富士”など、100%静岡県産米で醸している
この道11年という杜氏の鎌江慎太郎さん。
「花の舞小仕込み原酒」はすべて鎌江さんが一人で造り上げている
店頭販売もしているのでお土産に
試飲もできる(無料)
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花の舞酒造
浜松市浜名区宮口632
電話/053-568-7300
営業時間/10:00~18:00
定休日/1月1・2日
公式サイト/
https://hananomai.co.jp//
花の舞体験ツアー(お酒のしぼり体験とテイスティング)
開催時間/10:15~、14:15~(所要時間各60分)
人数/各12人まで
料金/3300円 ※もろみ酒720ml付き
予約/完全予約制(電話またはHPの予約フォームから)
花の舞酒蔵見学(酒蔵見学と試飲)
実施時間/10:00~18:00(所要時間30~60分)
料金/無料
予約/不要
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駅に併設する
一日一組、一棟貸しの
「駅舎ホテルINN MY LIFE」
天浜線「二俣本町駅」
「二俣本町駅」から徒歩0分。駅の待合のすぐ隣り、元駅長室だったという場所に「駅舎ホテルINN MY LIFE」はあった。オープンは2019年5月、日本で唯一の、一日一組限定の一棟貸し駅舎ホテルだ。天浜線には駅舎に飲食店が併設されているケースは多々あるが、宿泊施設はここだけ、全国的にも珍しいらしい。
ちょっと驚いたのは、ホテルのドアを開けると、そこはいきなり客室! という状況で、2台のベッドが目に飛び込んできた。フロントもなければエントランスロビーもない。完全予約制で、無人チェックインOK。自分でロックを解除し、タブレットに必要事項を入力するだけでチェックイン完了となる。ホテルの概念を超えた新しいスタイルにワクワクしながら室内をさらに観察すると、冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター、小さなシンク付きの調理台、センスのいい器やカトラリー…。旅の途中で買った地元の味を食べることができるようになっているのだ。ミニキッチンの反対側に目をやると、オーディオ機器があり棚にはジャスのレコードや本が並ぶ。スマホを置いて過ごす夜もたまにはいい。
左のボードの裏にホテルがある
床材には天竜ヒノキを使用。部屋全体が白色に包まれていて
「繭」をイメージした優しい空間になっている
さながらミニダイニングキッチン
音楽を聴くもよし、読書するもよし
オシャレなバスタブも非日常
地元の織物「遠州織」の部屋着が用意されている
オーナーの中谷明史さんは二俣の出身で、帰省した折に商店街のシャッターが閉まっている現状を目の当たりにし、自分に何かできないかと模索。まずは拠点となる場所をつくろうとカフェをオープン。そして次に手掛けたのがこのホテルで、ビジターの泊まれる宿がなかったことから旅の拠点として使ってもらいたいとオープンした。宿泊に天浜線のフリーパスチケットが付いているのもそのためで、電車に乗って思いのままに途中下車し、まちを歩き、レンタサイクルで風を感じながらいろんなものに出合い、旅を楽しんでほしいと中谷さんは言う。
オーナーの中谷明史さん
旅心をそそるレトロな雰囲気がたまらない
食事スタイルも個性的で、朝食は地元の人気店「天竜ハム」のハム・ソーセージや地元産野菜の他、パンもコーヒーもハチミツも、オーナーイチオシの地元の味が揃う。部屋の冷蔵庫に用意されているので、朝に限らず好きな時間に楽しめる。夕食付きの宿泊プランは近隣のレストランが指定されていて、天然の猪鍋が味わえる「竹染」か、季節の和食が楽しめる「和食処なかや」か二者択一。地元の滋味との出合いこそ旅の醍醐味だ。
SNSやメディアで紹介された記事などを見た人からの予約が増え、週末はなかなか予約が取れない状況らしいが、平日なら比較的取りやすいとのこと。ビートルズの楽曲「インマイライフ」の邦題「愛しき人生」になぞられ、この旅が愛しき人生の一部になりますように、そんな願いを込め「INN MY LIFE」というホテル名に決めたそうだ。2025年2月には古民家を改装したライダー用の一日一組限定(5~6人)、一棟貸しホテルもオープンするらしい。こちらも楽しみだ。
チェックインしたらまずは天竜茶と
水窪名物・小松屋製菓の「栃餅」で一息つきたい
旅先だからこそ朝食はゆっくり味わいたい
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駅舎ホテル INN MY LIFE
浜松市天竜区二俣町二俣1605-7
電話/053-925-1721
宿泊料/一泊一部屋(大人2名まで)朝食付き27,500円~
チェックイン/14:00~
チェックアウト/10:00
公式サイト/
https://innmylife.com//
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伝説のハンター、
罠師・片桐邦雄氏が仕留めた
天然猪肉をしゃぶしゃぶで堪能
天浜線「二俣本町駅」
二俣本町駅から徒歩7分。ここに森の名手、罠師として知られる片桐邦雄さんの店「竹染」はある。味わえるのは片桐さんが仕留めた山や川に棲む天然の鳥獣や魚で、自ら調理し提供。看板メニューは猪料理だ。
片桐さんの猪猟は銃を使わず罠を仕掛けて獲る無血の生け捕り猟で、猟場は静岡県の西北・引佐町の自然林。片桐さんにしかわからない猪の通り道に罠を仕掛け、毎朝2時間かけて罠の様子を見て回る。掛かっていればまずは鼻をくくり、恐怖心を取り除いてやるために目隠しをする。おとなしくなったところで足を縛り家に持ち帰る。山に一礼し、山の恵みに感謝する儀式も欠かさない。店の隣りにある屠殺・処理場に着くや眠ったように落ち着いている猪の心臓近くに槍を刺し失血死させる。すぐに内臓を取り出し、肉の解体は翌朝、体温が下がってから行う。
「豚肉や牛肉などがない時代、先祖たちは天然の猪や鹿を獲って食べて命を繋いできた。必要な肉を必要な量だけ獲ってきた。だから面白がって獲ることはしない。自然に敬意を払い、山の恵みをいただく。美味しく食べてもらうために獲る。それが命をいただくということ」と片桐さんは話す。
伝説のハンターとしてメディアに紹介されることも多い片桐さんだが、元々は和食・寿司職人で25歳の時に独立。地元に戻り寿司割烹をオープンしたが、天竜という場所柄客足は伸びず、そこで「天然もの」をやろうと決意。銃で仕留める猟は猪を追い回してストレスを与える上に血が体中に回り美味しくないと、無血の生け捕りにこだわった。
片桐さんは猪だけでなく、鹿、鴨、雉、天竜川の鮎、
うなぎ、なまず、すっぽんの猟も行っていて、「天然もの」が味わえる。
猪肉や鹿肉、鴨肉、鮎などは店頭や通販で購入することもできる
片桐さんの店は「美味しんぼ」でも紹介され、
TVドラマ「グランメゾン東京」に登場した伝説のハンター・ジビエの店は
片桐さんがモデルになっている
片桐さんの手が空いていれば、
食事の際に猟の話などを聞くこともできるそうだ
全国からやって来る客の目当ては「猪鍋」だ。猪鍋というと味噌仕立てを想像するが、この店のスープは澄んだ塩味で、出汁は猪のモモ肉から。スープも肉もなんの臭みもなく、モモ肉の食感がいい。噛めば噛むほど肉の旨味が感じられ、食べ応えもある。鍋とは別に皿に盛られたロースとモモのスライス肉はしゃぶしゃぶ用で、きれいなピンク色。ロースの脂が甘く、口の中でとろけるようだ。いずれも上品な味わいで、荒々しい、臭いといったこれまでの猪肉のイメージを見事打ち破ってくれた。
猪本来の味を楽しむなら、水で茹でて岩塩を振っただけの「リブ」がいいとすすめられ、早速ガブリ。骨周りの肉だけあって旨味があり、まさに自然のままの素朴な味わい。もちろん臭みはどこにもない。ここでしか味わえない逸品だ。コースの一品「もつ焼き」は、内臓を取り出した当日に岩塩と胡椒、ニンニク、ゴマ油で味付けするそうで、これを炭火焼きにして提供。その日によって内容は変わるが、レバー、大腸、小腸、心臓、胃袋、タン、小袋があるそうだ。レバー焼きについては片桐さんのおすすめの食べ方があるとのことで、言われるままに、レバーを口に入れペースト状になるまで噛んで、飲み込む。何だろう、この心地いい口に残る旨味の余韻は…。「ね、また口の中に入れてって言っているでしょ」と片桐さんが笑った。
「天然おまかせコース」8800円の「猪鍋 しゃふしゃぶ付き」。
コースは鍋+4品(猪の内臓の焼物、猪のヒレカツなどその日によって内容は変わる)が堪能できる
「猪のリブ」。手前は「鹿のソーセージ」
コース料理の一品「焼物」。左からレバー、大腸、小腸
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天然もの料理 竹染
浜松市天竜区二俣町二俣2177
電話/053-926-2572
営業時間/11:00~14:00、18:00~21:00
※入店時間/11:00~12:00、18:00~19:00(3日前までの完全予約制)
定休日/月曜日
チェックアウト/10:00
公式サイト/
https://www.chikusen-katagiri.com//
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ライター:海野しほこ
撮影:藤本陽子