エビのように曲がった姿と皮のしま模様。その見た目からその名が付いた「海老芋」は、京都が発祥の高級食材です。冬季に旬を迎え、親芋から子芋や孫芋が連なることから、子孫繁栄の縁起物としておせち料理に重宝されてきました。
肉質はきめ細かく、甘みが感じられてクリーミー。かつての文豪は「美味永年」とその味を称えました。一方で栽培には相当の技術と手間が欠かせず、海老芋は全国でも希少な食材です。
将来の特産品をこの地で作ろう――。そのような想いから、昭和の初頭に磐田市で海老芋の栽培が始まります。諏訪湖を源流とし、静岡県磐田市で遠州灘に注ぐ天竜川。水はけがよく、ほどよい砂地の土壌。その肥沃な大地が育む磐田市産の海老芋は味もよく、全国生産の8割を占めるまでになりました。この記事では、その魅力と味わい方をお伝えします。
京都発祥の高級品、江戸時代中期より宮家で珍重
海老芋は、別名「京芋」と呼ばれる高級食材。だしでじっくりと炊き上げれば、その出来栄えは光り輝くような飴色に。300年続く京都の名店で海老芋と棒鱈の煮付けを食した、かの文豪、川端康成は「美味永年」とその味を称えたといいます。
そんな海老芋の始まりは、さかのぼること江戸時代の中期の頃。青蓮院宮(しょうれいいんのみや)が、サトイモの仲間である唐芋(とうのいも)を長崎からの土産として持ち帰りました。宮家に仕えていた平野権太夫が丁寧に栽培したところ、地味によく合い、大きな芋ができたといいます。エビにそっくりな形としま模様から、「海老芋」と名付けられました。
土の中で芋が育つのは、6月~8月の間。この時期に手作業で何度も土を寄せることで、芋に圧力がかかりエビのような形へと成型されます。暑さの増す頃ではありますが、日に日に芋が大きくなるので、生産者はひと時の予断も許されません。そのように特殊な栽培技術と手間ひまを要することこそが、海老芋が高級品となる所以なのです。
磐田市産の海老芋が本場も認めるブランド品になるまで
京都から離れること、200キロメートル以上。ここ静岡県磐田市の地で、なぜ海老芋の栽培が広がったのでしょうか? JA遠州中央磐田営農センター主任の深谷浩史さんに話を聞きました。
海老芋が磐田市に持ち込まれたのは、1927年(昭和2年)頃のこと。不況の時代にあって将来の特産品を作ろうと、京都の高級食材として全国に知られていた海老芋が導入されました。試しに栽培したところ磐田の土壌によく合い、無事に収穫できたといいます。
「サトイモの一種である海老芋は水分を好みますが、水はけが悪い土壌で育てると生育が悪くなりやすいのです。磐田地域の土壌は、天竜川水域で豊富な水に恵まれながら、砂地で水はけのよいのが特徴です。これが海老芋の栽培に合っており、栽培がうまくいったようです」
「高級食材としての需要が高かったことから、生産者から生産者へと海老芋の栽培方法が伝わっていきました。その後、灌水設備を整えるなどしながら、地域ぐるみで栽培面積を広げていったのです」
1990年代には、海老芋の品質を高めるべく、京都の料亭に試供品を送るようになったといいます。しかしながら当初はまったく使い物にならず、「一日煮込むと崩れた。関西特有の滑らかな食感がなく、口の中に繊維質の筋も残った」と記録が残っているほど。
そこから、JA静岡経済連が主体となり、海老芋専用の肥料も開発されました。鉄や亜鉛といった微量要素を含み、微生物が豊富で土質の向上に一役買う有機のブレンド肥料です。栽培を改良しつづけ何度となく試供品を持ち込み、ついに本場に認められる品質が叶ったのでした。現在はJA遠州中央が畑ごとに食味検査を行っており、ブランドと認められた海老芋だけが出荷されています。
美味しさの秘訣は良質な堆肥と有機肥料をたっぷり使うこと
特殊な栽培方法と手間ひまが必要なことから生産者が減少傾向にあり、海老芋はますます希少価値を高めています。そんな地域の特産品を次世代に守り継ごうと、承継事業に取り組む生産者の方も増えています。
自動車メーカーを定年退職し、海老芋栽培を始めた鈴木保雄さん。先代から受け継いだという900坪を超える広い畑には、夏になると青々とした海老芋の葉が茂ります。丁寧な管理と数々の工夫により、鈴木さんの栽培する海老芋は、収量、品質ともに定評あり。有志の生産者が集う海老芋部会では副会長を務め、仲間や後進への技術協力を惜しみません。
「海老芋の栽培を始めた頃は苦労しましたね。それまで私が扱っていた工業製品とは異なり、農産物は自然の恵みです。天候を読み、休むことなく畑と芋に働きかけをしなければ、思うようには作物ができないことを学びました」
独立・自営就農を目指し、海老芋の栽培方法を学ぶ研修生の兼子祐誠(ゆうせい)さんと
海老芋栽培で難しいのはどんなところでしょうか?
「親芋から子芋、孫芋ができますが、子芋は1株に5つになるように剪定します。収量を得ようと子芋を多く付けすぎると、形も味も不ぞろいな海老芋になってしまうからです。そして、子芋をバランスよく配置すること。良質な子芋を残すための芽かきや葉かきの作業には、職人さながらの経験と勘が必要です」
そんな鈴木さんが、「食べて美味しいのは、キノコの菌床や有機肥料を使って栽培した海老芋だ」といいます。微生物の息づく豊かな土壌を作ることが大事で、その土づくりは種芋を植える1年前から始まります。300坪の面積に対して菌床堆肥5万キログラムもの有機物を漉き込み、さらに追肥も行うのだそうです。
「海老芋栽培をやってみたいという若い人が増えるよう、楽しい農業を実現するのが自分の使命。近年は、昔からの手作業を機械化することに精を出しています。生産者を増やし、先代が守ってきたこの畑と海老芋を次世代に繋いでいきたいですね」
ラグビーのトップリーグ・ヤマハ発動機ジュビロ(現:静岡ブルーレヴス)で活躍後、海老芋の生産者へ転身した遠藤広太(ひろみ)さん。海老芋承継事業の1期生。「海老芋は手をかけた分だけ価値になって伝わる生産品。食べた人が美味しいと喜んでくれる仕事に何よりのやりがいがあります」と語る。
素材のよさを引き立てる和食処でのフルコース
とろけるような食感と特有のうま味で、料理人をうならせて止まない磐田市の海老芋。そんな静岡が誇る特産品を、コース料理で味わってみてはいかがでしょうか?
3代続く「和食処なかや」では、海老芋をメインとしたコースが楽しめます(12月ころ~翌2月ころまで、要予約)。京都の名店で修行した店主が、その日の素材を1つひとつ手に取り、海老芋の美味しさを引き出した珠玉の一品を提供します。
海老芋は油との相性がいいお芋。里芋とは違うクリーミーさが特徴です。油で揚げて、外側はカリカリ、中はトロトロの揚げ出し料理がおすすめです。「海老芋の揚げ出しズワイガニあんかけ」(要予約)は、衣をまとった海老芋にカニ肉入りのあんが絡まり何とも贅沢な一皿。桜エビと海老芋の炊き込みご飯は、シイタケのうま味と相まって、〆にピッタリな一品です。素材のよさが引き立つ海老芋の甘辛煮もおすすめ。
南アルプスの山間を通り抜け、恵みとなって田畑に行き届く天竜川の水。水はけがよく肥沃な土壌。そんな磐田の雄大な自然に触れながら、本格的な海老芋料理に舌鼓を打ってはいかがでしょうか。
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和食処なかや
[住所]静岡県磐田市上野部1649-1
[TEL]0539-62-2061
[営業時間]11:30-13:30/17:30-21:00
[定休日]毎週火曜・最終水曜
[URL]
https://www.toyooka-nakaya.com/
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