ららら紀行

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守り、伝える郷土の誇り ~皇室献上品・森町の治郎柿~
#森町  #次郎柿  #天然記念物  #柿  #治郎柿  
遠州の小京都、森町。三方を小高い山に囲まれ、中央を太田川が流れる風情豊かな町です。
秋も深まり、町内のそこかしこで祭り囃子の音色が聞こえてくる頃、名産の治郎柿の実も鮮やかに色づき始めます。伝統的な祭りと治郎柿、森町のみなさんが心を躍らせる季節の到来です。
甘柿の代表的な品種のひとつである治郎柿は、静岡県の森町原産。樹齢160年とも180年とも伝わるその原木が、今も町の人々の手で大切に守り育てられています。 今回は、1本の幼木から始まり皇室献上品となった治郎柿の歴史と、その柿を守り伝える人々の物語をご紹介します。


「原木さん、ありがとう!」感謝の言葉で始まった式典




11月7日。抜けるような青空の下、治郎柿原木収穫感謝祭と次郎柿ワイン完成祈願祭が行われました。
治郎柿の原木のまわりに張り巡らされた紅白幕、榊や秋の実りが捧げられた祭壇、正装された神職。
とても厳かな雰囲気で始まった式典は、森町治郎柿原木保存会榊原会長の大きな「原木さん、ありがとう!」の声で始まりました。
この式典の始まり方から、森町のみなさんが治郎柿を大切にされている気持ちがひしひしと伝わってきました。





静岡県指定の天然記念物である治郎柿の原木が森町に存在することを称え感謝し、原木の永久保存を祈るとともに、治郎柿による地域振興をさらに高めることを目的に行われている式典ですが、出席されていた来賓の方々の挨拶も治郎柿愛にあふれていてとても熱かったです。


原木から果実を採果する来賓のみなさん。特産品の「次郎柿ワイン」の製造には原木の実も使われます。


今年で111回を数える皇室献上




式典終了後、JA森町治郎柿部会の小澤芳巳会長のお宅に同行させていただきました。
この日、皇室献上品の治郎柿の収穫と梱包作業も行われており、小澤会長も出荷を済ませてから式典に出席する大忙しな1日でした。
献上品の治郎柿は260g以上の2Lサイズと規定があるため、収穫後、1個ずつ秤で量って仕分け。町内14軒の農家で収穫された治郎柿は、そこからさらに選別され、今年は160個を献上。翌日には宮内庁に届けられたとのことです。

「今年も無事に献上柿を出荷できて、ホッとしています。明治41年に初めて献上してから、今年で111回目。しかも、最初に献上したのは11月11日だったので、1が7つも並んで、なんだか縁起もいい気がしますね。」

小澤会長に治郎柿の特徴を伺いました。

「治郎柿は見ためは平べったく、少しゴツゴツした感じ。皮に4本のスジみたいな線ができます。果肉はしっかりしていて、サクサクという食感も特徴です。富有柿(=治郎柿と並んで甘柿の代表的な品種)に比べると果汁は少なめですが、糖度は17度近くあって、後を引くような濃厚な甘みの柿です。」


柿の実はヘタとオシリをチェック。オシリがキュッと絞られているものがオススメ。

確かに治郎柿の甘さは他の甘柿よりも濃厚な気がします。でも口の中にべっとりと甘さが残るようなくどさはありません。ジューシーというよりしっとり。そして、確かにサクサクとした食感!同じ甘柿の富有柿とは確かに違いがあるかもしれません。
もちろんそのまま食べても美味しいのですが、私はスライスしたり角切りにしたりしたものを生ハム等と一緒にサラダにしています。その歯触りの良さと甘さがとても良いアクセントになります。

柿作りと森町の風土に何か関係があるのかを伺うと、町を流れる太田川水系の地下水が豊富なこと、砂まじりの土地が治郎柿の栽培に適しているのではないかとのことでした。
水はけや日当たりの影響もあるのでしょう。同じ原木からの子孫の柿の木でも、育つ場所によって少しずつ味に違いがあるそうです。

もちろん、その年の気候によっても変化はあります。
今年の治郎柿の出来ですが、夏の猛暑やカメムシ被害の影響が大きく、収穫量を心配していたものの、成長は順調で収穫量も去年を上回ったとのこと。しかし、原木の治郎柿はだいぶ影響を受け、落ちてしまった実が多かったそう。この日の式典も品質改良種である一木系治郎柿の原木で採果を行っていました。

「でもね、うちの畑はカメムシ被害が無かったんです。秘密兵器があったから。今年、自分の畑で試してみて、効果があることが分かったので、柿部会でも情報を共有します。これで来年は、他の畑も大丈夫だと思いますよ。」

小澤会長が見せてくださった秘密兵器とは、北海道産の乾燥ヒトデの粉末。カメムシやナメクジ等の害虫はもちろん、イノシシやカラス等の被害にも効果があると、たまたま聞いていたラジオ番組で紹介されていて、すぐに取り寄せ、ネットに入れて柿の木にぶらさげてみたところ、驚くほど効果があったと言います。

「カメムシはヘタの部分につくので、見分けるときにはまずヘタをチェック。やられてしまうと実がボコボコになっちゃうんですよ。あとは、オシリが開いてなくてキュッと絞っているのがいい柿です。」

「他にもね、今年、すごく良い薬剤が出てきたんですよ。消毒や病気の予防になるだけじゃなくて、それを使うと柿の実が甘くなる効果もあるみたいで、来年はもっといい出来になるかもしれません。」


ご自宅にご案内くださったJA森町治郎柿部会長の小澤芳巳さん。

嬉しそうに顔をほころばせて話してくださるお姿からは、治郎柿愛が伝わってきます。現在77才の小澤会長ですが、非常に研究熱心。日々の努力と情報のアップデートを怠らない姿勢にも頭が下がります。

「“柿が赤くなると医者が青くなる”ってことわざもあるくらい、柿は栄養が豊富。だからか、風邪もあまりひかないですね。まだまだがんばれるかな。」

ご自宅のお庭に植えられていた治郎柿の木は、原木からの接ぎ木で、樹齢が120年くらいだそう。まだまだ元気で、1本の木から今年は400個くらい収穫できたそうです。生命力あふれる柿の木にあやかって、末永くおいしい治郎柿を育ててもらいたいです。
この記事が公開される頃には、もう今年のシーズンは終わってしまっていますが、小澤会長の治郎柿は、森町内にある「森の市」、「宮の市」に出荷しているそう。
でも、森町の治郎柿は、観光客だけじゃなく町民にも大人気。平日だからと油断してのんびり昼過ぎに到着すると、既に売り切れてしまっていることもしばしば。来年は、もう少し早起きして出かけなくては!


治郎柿?それとも次郎柿?




ところで、先ほどから「治郎柿」と「次郎柿」、漢字の違いが混在していることにお気づきでしょうか。
これ、変換ミスではないんですよ。

ひょっとすると、品種名としては一般的には「次郎」の字で知られているかもしれません。
現在、出荷数が最も多いのは愛知県豊橋市ですが、そちらでの出荷名は次郎柿です。

しかしJA森町柿部会と森町治郎柿原木保存会では、治郎柿発祥の地のPRとブランド化のため、発見者である松本治郎さんへの感謝とリスペクトを込めて「治郎柿」に統一することにしたのだそうです。それが平成20年のこと。それまでは、町内でも「治郎」と「次郎」が混在していました。
しかも、静岡県指定の天然記念物としての表記は、「次郎柿」。
これは昭和19年に指定された際、「次郎」で登録されてしまったためだそうです。
完成祈願祭が行われた次郎柿ワインは、この原木の実も使って醸造されることから、あえて「次郎」の字を使っています。(この記事の中でもワインの名称には「次郎」の文字を使っています。)

ところで、そもそも治郎柿が森町原産であるとは、どういうことなのでしょうか?
皇室献上品になったいきさつも含め、詳しい方にお話を伺うことができました。


明治天皇が愛した治郎柿




天保末年(1844)頃のこと。森町のお百姓さん「松本治郎」が町内を流れる太田川の河原で柿の幼木を発見しました。これを持ち帰り自宅に植えたのがはじまりだと言われています。
(他にも太田川近くの田圃の畦で見つけた等、諸説あります。)
成長して実をつけた柿は、当時、近在で栽培されていた品種に比べ、渋みもなくとても甘かったので評判となり、接ぎ木をして広まっていきました。はじめは名前がありませんでしたが、発見者である治郎の名前から「じろさんの柿」、「じんろうがき」、「じんろう」等と呼ばれていたようです。

その後、原木は明治2年(1869年)の火事で焼失したと思われましたが、翌年春に芽を出し、数年後に再び実をつけます。不思議なことに火事の前よりも肉質がきめ細やかで、甘さも増していて、種も少ないおいしい柿だったそうです。おいしさが評判となり、接ぎ木で拡がりました。森町に事務所があった民間の農業団体「帝国農家一致協会」の機関誌『農談』で紹介され、さらに早生品種も生まれ(一木系治郎柿、現在全国で生産されているのはこの品種が多いとのこと)、治郎柿は森町の特産品として知られていきました。



明治41年11月11日、明治天皇が奈良・兵庫行幸の折、静岡市に宿泊されました。
このとき、森町の鈴木藤太郎が当時の周智郡長を通して治郎柿を献上したいと申し入れ、県知事がお菓子代わりにお出ししたところ、大いに歓びおかわりも希望したそうです。
よほどお気に召したのでしょう。東京へのお戻りの際、500個お買い上げされたという記録も残っています。
その後、明治天皇の崩御、戦争の勃発、昭和天皇のご病気療養等による辞退を除き、献上は今年で111回を数えます。

明治の末には、森町原産の治郎柿は甘柿の代表的な品種である富有柿に匹敵すべき優良種として、全国的に知名度を高めていました。
しかし、戦時下の食糧難により、柿よりも麦や米、芋が主要な作物とされ多くの柿畑が消えていきました。
「このまま貴重な原木まで伐採されてはならない」と、昭和19年、県の天然記念物指定を受け保護されました。戦時下の国家存亡の危機という時代の中でも、「治郎柿原木は守らねばならない」という森町の人々の強い意志と、当時から既に治郎柿は町の誇りであったのだと、このことからも強く感じます。

戦争も無事に乗り越えた治郎柿原木でしたが、時は流れ、平成に入ると、原木には大変な危機が迫っていました。


治郎柿原木の危機



奥の1本が樹齢160年とも180年ともいわれる治郎柿の原木。こども世代の柿の木に守られるように立っています。

平成7年、原木に幹の空洞化が見つかります。
樹木医の治療も効果無く、平成14年には危機状態に。この年、夏の乾燥が激しかったため衰弱が甚だしく、空洞化も年々進んでいました。さらに幹の一部は赤褐色に変色し組織の枯死が認められたのです。
当時、静岡県の柑橘試験場西遠分場長だった竹田康治さんを相談役に、樹勢の回復に務める一方、平成16年に治郎柿原木保存会が発足します。

この会の設立には、「万が一原木が枯死した場合、感謝を込めて町の関係する者多くで看取らねばならない」という気持ちと、それ以前に「何としても原木を蘇生させたいという多くの町民の強い願いを叶える一心であった」と資料に残っています。
「感謝を込めて看取らねばならない」とは、なんて強く、そして愛にあふれたなの言葉でしょう。お借りした資料を読みながら胸が熱くなりました。


貴重な資料をまとめた記念誌は、保存会結成10周年にあたる平成26年に刊行。

保存会発足後は、会員一丸となって原木の管理や樹勢回復に着手し、樹勢の回復処置と年間管理を行っています。保存会のみなさんの日々の見守りと努力がなかったら、唯一無二の柿の木の命は、そこで終わっていたのかもしれません。


未来へつなぐべき宝物



お話を伺った森町治郎柿原木保存会の榊原会長(左)と、森町教育委員会社会教育課の稲葉優介主査。

現在、森町治郎柿原木保存会の会長を務めていらっしゃる榊原淑友さんは、保存会発足当時から関わった方。『「次郎柿」、私達森町に住む者や森町出身者にとって、秋に紅い実をつけ祭囃子に映える次郎柿はこころのふる里です。』(原文ママ)の一文で始まる保存会設立の趣意書も手掛けられたそう。

ふるさとの象徴である治郎柿への愛が熱いからこそ、保存会の発足から20年の時が流れた今、懸念もあるとお話しくださいました。

「今は中国でも次郎柿が生産され、隣の豊橋市は一大産地として知られています。
でも、世界に1本だけの治郎柿の原木は森町にあるんですよ。失われてしまったら取り返すことのできない、森町にとっての宝であり、財産です。でも、町民にとっては、“あるのが当たり前”な光景になってしまっている。町の特産品として治郎柿を誇りに思ってくれているでしょうか。世界で唯一の原木が今も残り、生きていて、実をつけていることの重要性が伝わっていないように思うんです。
だからこそ、原木の保存活動に終わらず、若い世代やこどもたちにも伝えていくことの必要性も感じています。」

森町教育委員会社会教育課の稲葉優介さんも、榊原会長の言葉にうなずきながら続けます。

「柿の木の寿命は、100年くらいなんだそうです。だから、空洞化が見つかった頃は一度寿命が尽きかけていたのかもしれません。竹田先生のご指導や保存会のみなさんのご尽力があってこそですが、そこからよく回復してくれたと思います。柿の木は環境や手入れが良ければ300年以上生きている木もあるようです。森町の治郎柿もまだ180年、いや、もっと先まで、町の宝として守り育てていかないとですね。」

守り育てたいのは原木治郎柿の樹木としての命だけではなく、ふるさと森町への郷土愛やふるさとへの誇りでもありますよね。
現在、森町では小学3年生の時に授業で治郎柿について学習したり、旭が丘中学校の3年生が治郎柿を使った商品の開発をしたり、と次世代を担うこどもたちにも治郎柿原木に関わる働きかけを積極的に行っています。また今年で製造販売が25年になる次郎柿ワインの製造や、新東名森町PAへの治郎柿原木の若木の植栽等、普及活動も行っています。

偶然見つけた幼木から栽培が始まった治郎柿。その原木から接ぎ木した子世代の治郎柿が全国、そして世界に広まったように、治郎柿を通してふるさとへの誇りが、次の世代に受け継がれていくことを願ってやみません。

その土地の食材や気候、歴史、文化に触れるガストロノミーツーリズム。その醍醐味のひとつは、やはり美味しいものをいただくこと。ここからは、治郎柿を使った森町自慢の味をご紹介したいと思います。


次郎柿ワイン




まずご紹介するのは、この記事の冒頭で完成祈願祭が行われていた「遠州森町次郎柿ワイン」。
原木から収穫した実を含め、森町産の治郎柿を100%使って作られています。今年で販売開始から25周年というロングセラー商品です。

町の特産である治郎柿の素材を活かした新たな名産品ができないかと考えた時、「食」の文化はお酒から始まったこと、そしてお酒が人生の憩いに重要な役割を果たしてきたことを知り、中でもワインは世界で最も広く飲まれているお酒のひとつだということで、ワインを作ろうということになったのだそうです。

柿は古くから日本人が最も愛してきた果物のひとつ。そして干し柿は和菓子の原点と言われています。
「和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」
和菓子の世界には、こんな言葉があるそうです。干し柿を和菓子の甘さの基準にするという意味です。
次郎柿ワインの甘さも、この言葉を念頭に考えられているとのことでした。



いただいてみると、甘口ワインとはいうものの、スッキリして飲みやすい上品な甘みでした。
食中酒というよりは、食前酒として飲むのが良さそうですが、デザートワインとしても楽しめそう。氷を入れてロックで飲むのも良いですし、炭酸で割ってカクテル風にしても美味しかったです。
また飲むだけじゃなく、バニラアイスにかけたり、バウムクーヘンやパウンドケーキにかけたりしてサバラン風にしてみたら、甘さだけじゃなくほんのりと渋みも感じるオトナのデザートになりました。

製造は日本のワイン製造の発祥の地、山梨県のマンズワイン株式会社にお願いしているとのこと。
式典に松宮剛取締役が出席されていたので、お話を伺うことができました。

「柿を使ったワインって世の中にそんなに出回っていないと思うのですが、製造にあたりご苦労されていることはありますか?」と質問をすると、大きく頷きながらお答えいただきました。

「ブドウと違って柿は水分が少ない果物なので、弊社のワイン造りのノウハウをもってしても非常に難しかったです。またワインには酸味も重要なんです。酸味が若干ある事でバランスが取れてよりおいしく飲んでいただけます。でも、治郎柿はその甘さが特徴ですよね。当然、酸味が無いように育てられ収穫されるものですから、そこも非常に苦労している点ですが、甘いだけではなくバランスのとれた味わいになるよう当社なりに考えて造りました。
毎年、柿の甘さも大きさも違います。25年間、ノウハウは積み上げてきたものの、毎年が新たな挑戦です。
でも今年もおいしいワインをお届けできるようにこれからがんばります。」

マンズワインさんでは、他の地域からも様々な特産品の果物を使ってワインの製造を委託されることがありますが、長くは続かず数年で製造中止になってしまうことも多いそう。そんな中で、森町の次郎柿ワインは、息の長い特産品になっているとおっしゃっていました。
ワインの美味しさもさることながら、森町のみなさんの治郎柿愛の深さと熱さがあってこそだと思います。

次郎柿ワイン、今年の完成・販売は、12月19日から町内の酒屋の他、ことまち横丁やアクティ森等、町内14箇所で販売しています。今年の出来が楽しみですね。


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遠州森町 次郎柿ワイン お問合せ先
遠州森町次郎柿ワイン推進協議会
森町商工会
[住所]静岡県周智郡森町森20-9 
[営業時間]8:30〜17:15
[定休日]土日・祝日・年末年始
[TEL]0538-85-3126
[URL]https://www.mori-shokokai.jp/
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町の名産を活かしたい!治郎柿のかき氷




次にご紹介するのは、こちらも珍しい治郎柿のかき氷。
森町が誇る名所のひとつ、小國神社の近くに店を構える「太田茶店」さんを、まだ残暑厳しい9月初旬に訪ねました。大きな赤い急須が目印のお店です。


コロナ禍中、車の中で食べる人が多かったため、たっぷりかかったシロップや氷が落ちても安心な容器に変更。

実は、私、この治郎柿のかき氷にハマっているひとり。正直に言うと、初めて注文したときは、恐る恐るでした。でも、一度食べたら他では食べられない味に魅了されたんです。



とろ~りとした柿のシロップは、少し前から流行っているエスプーマタイプ(エスプーマとはスペイン語で泡。ムース状になったシロップのかかったかき氷のこと)に見えますが、これは柿本来のとろみ。
ひと口めは、果物の柿を食べた時に感じるような、言い方は悪いですが“ぼんやりとした”甘みなのです。
ガツンと甘い!美味しい!とは思わないかもしれませんが、じわじわとその美味しさが沁みてきます。
柿特有のふんわりと上品に優しい甘さのおかげで、二口、三口と食べ進めていっても、飽きません。
なんなら、食べ進めるうちに、どんどん美味しさにハマっていく感じです。



また食べ進めると、凍った柿とバニラアイスが出てくるのもサプライズ的なお楽しみ。しかも、これが味変にもなります。このバランスもよく考えられていて、最後まで食べ飽きないのですよね。

治郎柿のかき氷は、20年程前に始まりました。
「せっかく森町に名産の治郎柿があるのだから、それを活かしたい」
とアイデアマンの当時の社長(現会長)が考えたそうです。
とはいえ、シロップ作りを任された現場は大変!何度も何度も試行錯誤を重ねて、納得のいくシロップを完成させたとおっしゃっていました。
1シーズンに300杯も出る人気商品で、毎年待ちかねているリピーターが多い人気商品で、6月に入ると
「今年は柿のかき氷、もう始まっていますか?」と問い合わせがあるくらい。
分かります、私も1シーズンに1回は必ず食べに来ていますもの。

でも、例年6月から始まるかき氷のシーズンには、当然ながらまだ治郎柿の収穫は始まっていません。
だから、秋に収穫した柿が出回ると、かき氷用のシロップ作って次の夏に備えているとのこと。
このときシロップ作りに使うのは森町産の治郎柿と糖蜜のみ。治郎柿本来の美味しさを最大限に活かしたシロップに仕上げます。その年によって柿の甘さが違うので、糖蜜の量や割合を変えて、同じ味に仕上げるのが一苦労なのだそう。
シロップが終わってしまうと販売終了になるため、今年は取材させてもらった9月上旬が最終販売日でした。(他のかき氷は、その年の残暑にもよりますが例年9月末までを予定しているとのこと。)

20年ほど前に初めていただいて以来、毎年楽しみにしている太田茶店さんのかき氷ですが、氷のふわふわ加減もシロップの美味しさも、そして提供される器も年々進化しているように思います。
次のシーズンからは氷を削る機械も進化させるそう。よりふわふわで口溶けの良い氷になるとのことですので、今から来年のシーズンが楽しみで仕方ありません。



季節はもう冬。かき氷の販売は終了していますが、お茶はもちろん、季節の和菓子やランチのおにぎりセットも大人気です。11月半ばから始まる自然薯を使ったランチも毎年人気だそう。
また、無料でいただけるお茶の美味しさも、太田茶店さんならではです。
温かいお茶、冷たいお茶が何種類も用意されていたり、器を下げようとすると気がついて声がけしてくれたり。お客様が喜んでもらえるように、とスタッフのみなさんの様々な気遣いやサービスにあふれています。




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太田茶店
[住所]静岡県周智郡森町一宮3822 
[営業時間]9:00〜16:00(ランチ11:00~13:30)
[定休日]火曜、ランチは火水 ※季節によって変動あり
[TEL]0538-84-2020
[URL]https://lp.otachaten.com/
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太田茶店さんのかき氷を毎年食べに出かけている程ですから、おわかりかもしれませんが、私、森町は個人的に大好きな町のひとつです。ご縁がありお仕事でもプライベートでも、年に何度もお邪魔しています。
でも実は、特産品というわりには、治郎柿を使った商品や、治郎柿を食べられるお店が無いなと以前から思っていました。
そこで今回、我ながら無茶ぶりだなと思いつつ、2軒のお店にお願いをしてしまったのです。
「治郎柿を使って新作、作ってもらえませんか?」と。

次にご紹介するのは、
「治郎柿は、そのまま食べるのが1番美味しいと思うよ。」
みなさん、口を揃えておっしゃる中、無茶ぶりに応えて作ってくださった新作スイーツです。


新作「治郎柿ぷりん」を味わう




治郎柿を使った新作スイーツ作りをいただけるのは、森町で三代続く「菓子司 中島屋」さん。
四季折々、様々なお菓子が並びますが、特に秋には森町産の新栗をたっぷり使った新栗むし羊羹が大人気のお店です。



「せっかく特産品の治郎柿があるのだから、それを使ったスイーツを作りたいとは思っていましたが、これまでは挑戦していませんでした。
それというのも、柿はスイーツにするのが難しい果物なんですよね。柿って甘さも優しくて上品なので、特徴というかパンチが無くて、わざわざ柿を使う意味のあるものがなかなか作れなかったんです。正直、そのまま食べるのが1番美味しいと思っていました(笑)。でも、うちの夏の人気商品にグレープフルーツのジャムを乗せたプリンがあるんですけど、あのプリンに柿を合わせたらどうかな、と。」

そう話してくれたのは、「中島屋」三代目の中島基さん。
お店の人気商品「Richクラウンメロンロール」は、2010年に「ふじのくに新商品セレクション」で金賞を受賞。中島さんも2011年には「ふじのくに食の都づくり仕事人」にも選ばれました。

「グレープフルーツのプリンに使っているジャムは、知り合いの果実農家さんに作ってもらっているんです。今回、治郎柿でもジャムが作れないか相談したところ、挑戦してくれました。
ジャムは治郎柿とレモン汁、有機砂糖のみで作ってもらっています。柿と砂糖だけではジャムにならず、とろみを補ったり水分を固めたりするためには、ペクチンが必要なのでレモン汁も加えるのですが、その量が難しくて。レモン汁の量が多すぎると、レモンの味が強過ぎて柿の繊細な味が出なかったんですよね。」

果実農家さんと二人三脚で治郎柿のジャムを作ってくれた若女将の真弓さんが、新商品「治郎柿ぷりん」の開発苦労話を聞かせてくれました。

完成したばかりの治郎柿ぷりんを早速、いただきました。

確かにひと口めには柿の風味よりレモンの酸味が強く感じます。
でも、ふわっと抜ける香りと風味は確かに柿!
あとからじんわりと舌に拡がる甘みも上品。あぁ、これは確かに治郎柿の味わいです。
柿のジャムの下に控えるのはとろんとなめらかな口当たりのプリン。通年販売のものよりも生クリームの量を減らし、甘さも控えめに、さっぱりと仕上げているそうで、柿の優しい甘さに寄り添うよう。柿とプリンの甘みがほっこりと優しい気持ちにさせてくれる美味しさでした。



治郎柿が出回り始めてからジャムを作るため、こちらも期間限定での販売ですが、年末年始に特別販売を予定しているとのことです。

柿は、柿=嘉来(おめでたいことが来る)」の語呂合わせから、昔からの縁起物のひとつです。お金を「かき集める」という語呂合わせから、金運上昇のモチーフにされることもあります。
ビタミンCをはじめ、βカロテンや食物繊維等の栄養も豊富な柿は、免疫力の向上や腸内環境の改善、二日酔いの予防や風邪予防にも効果があるとも言われます。
年末年始に治郎柿ぷりんを食べて、健康と福を呼び込むのは縁起がよさそうですね。


三代目店主の中島 基さん(左)と若女将の真弓さん。お二人のフレンドリーな接客も魅力のひとつ。

元々は和菓子専門でしたが、三代目は洋菓子の修行もされたため、練り切りや梅衣のような伝統的な和菓子以外にも、ロールケーキやシュークリーム等の洋菓子も並ぶ店内。和菓子と洋菓子の“良いとこどり”のお菓子が多いのも中島屋さんの魅力です。
町内の常連さんはもちろん、浜松市や静岡市等遠方からも来店する方も多いそう。
美味しいお菓子はもちろんのこと、中島さんご夫妻の明るくフレンドリーな接客も魅力のひとつ。
私もですが、お二人の笑顔に会いに来ているお客さんもいらっしゃると思います。


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菓子司 中島屋
[住所]静岡県周智郡森町森1555−2 
[営業時間]8:00〜18:00
[定休日]水曜日
[TEL]0538-85-2310
[URL]https://nakajimaya.buyshop.jp/
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フレンチで味わう治郎柿




「柿を使ったメニューを考えてもらえませんか?」
そんな無茶ぶりに応えてくださったもう1軒のお店。それが、「フレンチ食堂 noyau(ノワイヨ)」さん。
2023年11月にオープンし、先日開店1周年を迎えたばかりのお店です。



のどかな田園風景を見下ろす小さな丘の上にぽつんとたたずむ可愛らしい1軒家。
この土地、お店ができる前は木や草が鬱蒼と生い茂っていて、自分たちで開墾から始めたという話にまず驚きました。
今では里山の風景にすっかりなじんでいるように見えます。


オーナーシェフの古木大介さん(右)と奥様の聖子さん。

迎えてくださったのは、オーナーシェフの古木大介さんと聖子さんのご夫妻。
実はお二人、森町出身でも森町に親戚がいるわけでも無いそうです。ではなぜ森町でお店を開くことになったのでしょう。

「簡単に言えばJターンってことになりますね。(Jターンとは、地方で生まれ育った人が一度都心等故郷以外で働き、その後また故郷とは違う別の地方に移住して働くこと。)自分は隣の浜北出身なので、こどもの頃に遊びに来たことがあった程度。妻は鹿児島出身だから、森町には全く土地勘も無かったです。」

大介さんは、大学時代のバイト先でフランス料理と出会い、本格的に料理の道を目指そうと卒業後フランスへ。パリとブルゴーニュで8年間過ごします。奥様の聖子さんとの出会いもフランス。当時、聖子さんも作曲を学ぶためにパリに留学していたそうです。
帰国後、大阪梅田のレストランで総料理長を務め、先に帰国していた聖子さんとご結婚。
自分たちのお店を開こうと7~8年前から、場所を探し始めたときの候補先のひとつが森町でした。

「お店を持つなら、ただ食事をするだけじゃなくて、見るもの、聞くもの、触れるもの、全てを感じられる場所で、お料理を提供したかったんです。それを実現できたのがこのお店です。」

いくつか候補地があった中、森町では役場の方も親身になってくれて熱心に土地を探してくれた、と聖子さん。

「何度も訪れているうちに、町の方々とも親しくなっていきました。お店の目の前は、この土地のオーナーさんの畑なんですが、“自分が育てている野菜を使ってもらえたら嬉しい”とおっしゃっていただけて。知り合った方々も、近くには飲食店も少ないからお店ができることもとても喜んでくださったんです。そういう気持ちに後押しされたり、応援してもらったりして今があります。」

移住をしてから3年、昨年11月にお店をオープン。
現在8才と6才になるお子さんたちも、今ではすっかりお祭りが大好きな“立派な森っ子”になりました。


大きな窓の外に拡がるのは、のどかな里山の風景。この景色を眺めるために、横並びで座られるお客様も多いそう。

オープンからちょうど1年。四季もようやくひと巡り。
大きな窓から見える景色もいろんな姿を見せてくれたと話してくれた聖子さん。
紅葉に染まる木々、冬枯れの木々、桜の花、水が張られた田圃、すくすくと育っていく稲、そよそよと、時にはざわざわと波のように風に揺れる稲穂、一瞬一瞬で変わっていく空の色や、夕焼け。蝉の声や虫の音。

「四季折々のこの窓からの景色を楽しみに、何度も通ってくれるお客様もいらっしゃるんですよ。」

ご夫妻が目指していた通り、四季の移ろいを感じ、ゆったりと流れる時間やおしゃべり、時々音楽も楽しんでもらえる場所になりました。

え?時々音楽??
そうなんです。ランチタイムは聖子さんおひとりでお料理のサーブをしているため、なかなか時間がとれませんが、カフェタイムには、ピアニストであり作曲家でもある聖子さんのピアノ演奏を聴くこともできるのですよ。

時には、お誕生日のお客様へのサプライズでバースディソングを弾いたこともあったそう。
なんて粋な演出でしょう。


カフェタイムには、聖子さんが作曲したオリジナルの楽曲を弾いてくれることも。


料理の仕上げ中の大介さん。そのまなざしから料理への真摯な想いが伝わってきます。

フランスや大阪時代と森町に来てから、大介さんの作る料理に変化はあったのか、聞いてみました。

「最近では、いろいろな食材を少しずつ使ってカラフルに“映える”盛りつけ手法が多い中、自分の料理は、食材は少なめ。その分、ひとつひとつの素材を活かした料理を昔も今も目指しています。
だから、そんなに大きくは変わっていないと思うんですけど。
大阪っていうのは大きな市場なので、全国からの様々な食材や調味料も手に入りやすかったんです。でも、作り手の顔までは見えません。でも今は、目の前の畑の野菜もそうだけど、作り手の顔が見える食材に恵まれています。だから、より食材を活かすことは意識しています。」

この1年、地の物、旬の物をできるだけ使おうと、とうもろこし、いちぢく、レタスなど、森町特産の農産物も料理にしてきたそうです。
そこで今回のテーマの治郎柿。実は昨年も使っていて、そのままサラダに使ったとのこと。

「食材としての柿はとても難しい。強い個性が無いんですよね。」

治郎柿ぷりんを作ってくれた中島屋さんと同じことおっしゃいました。
それでも、大介さん、メインのお料理とデザートの2品に挑戦してくれたのです。


器は、森町在住の陶芸作家さんのもの。オレンジ色のグラデーションが美しい。

「メインのお料理は、牛すね肉の煮込みに治郎柿を合わせました。
牛すね肉を赤ワインで煮込む際にも、香草野菜だけじゃなく治郎柿を加えることで甘さをなじませています。」

ピュレ状にしたものと、じっくり火入れした2種類の人参、ソテーしてからキャラメリゼした治郎柿。そして、ナイフでスッと切り分けられるほどよく煮込まれた牛すね肉。
ピュレは黄色に近いオレンジ色、赤に近い人参のオレンジ、治郎柿は濃いオレンジ色に所々焦げめの茶色が入り、お肉は濃厚なワインを思わせる赤茶色。見ための色合い同様、口に入れたときに素材の味わいもグラデーションを奏でます。三位ならぬ四位一体の美味しさに、思わずため息が出てしまいました。

「ランチコースでも好評でした。特にキャラメリゼした柿は、治郎柿になじみがある地元の方も、“こんな風に柿を食べるの!?”って驚かれていましたし、“家でもやってみよう”っておっしゃる方もいらっしゃいましたよ。」

続いて、さらに難しかったというデザートをいただきます。



治郎柿はマルムラードに。(ペースト上にしたピュレやジャムのことをフランス料理ではマルムラード=マーマレードと呼ぶそうです)に。合わせたのは、アールグレイのアイスクリーム。パウンドケーキにしみこませたシロップにも、町の特産品・次郎柿ワインを使っています。
色味に派手さはないものの、こちらもグラデーションが美しいひと皿です。
マルムラードには治郎柿のやさしい甘さだけではなく、アニス(八角)等スパイスをきかせてあり、どこかオリエンタルな香りがします。アールグレイの風味ともあいまって、不思議な余韻が口の中に残りました。
次郎柿ワインを使ったシロップがしみたパウンドケーキも、食材の組み合わせ故か、どことなくほろ苦さも感じられ、一筋縄ではいかない、オトナのデザートに仕上がっていました。



キンと冷やした次郎柿ワインは、甘さもあるので、食前酒やデザートワインとしてもオススメ。
残念ながら、このあとも取材が続くためワインは飲めませんでしたが、治郎柿を使ったデザートとの相性も良いと思います。

「フランス料理って敷居が高いものだと思われていますけど、もっと身近に気軽に楽しんでもらいたい。だから、フレンチ“食堂”と名付けたんです。」

そう話してくれたお二人の思いが通じたのでしょう。
開店前の予想以上に地元のリピーターが多く、これまでフランス料理にはなじみが無かったという年齢層の高いお客様が多いのだそうです。開店から1年、地元に愛され、期待されているのを感じますね。


店名のロゴサインは、今は8歳になる上のお子さんが幼い頃に書いたものだそう。なんとも言えない味がありますね。

お二人が店名につけた「noyau/ノワイヨ」というのは、フランス語で「種」という意味だそうです。
このお店の名前が私には、森町の治郎柿と重なって感じます。
治郎柿はその幼木が江戸時代の終わりに偶然みつかり、その後に皇室への献上品となるほどの町の名産品になりました。枯れそうになっていた原木も、治療したり、接ぎ木したりして、その命のバトンをつなげた大切な宝物です。

古木さんご家族と、この土地で出会った人たちや自然、文化や風土とのご縁が、この場所に着実に根をはり、愛され、お店という芽も出して、日に日に土地に根づいているように思いました。


お店の前に拡がるお二人も大好きだという里山の景色。この日の夕陽もとてもキレイでした。

今年の治郎柿のシーズンは終わり、お店では冬が旬の素材を使ったお料理に切り替わっています。
でも、来年の秋もまた治郎柿を使ったメニューに挑戦してくれるとのこと。さらにたくさんの人々や食材との出会いを重ねたお二人のお料理とおもてなしが、どんな進化をされるのか、今から楽しみです。


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フレンチ食堂 noyau(ノワイヨ)
[住所]静岡県周智郡森町一宮4847−7
[営業時間]11:30〜17:00
[定休日]日曜日
※月曜が祝日の場合、日曜営業、月曜休み
[TEL]0538-74-7304
[URL]https://www.instagram.com/noyau_mori?igsh=eDQxNjQ4Z25tZ3d1
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歴史と文化、豊かな自然にあふれている森町。
治郎柿はもちろんですが、四季折々、美しい風景と美味しい食材に出会えるはずです。
さぁ、あなたも出かけてみませんか。



ライター:ごはんつぶLabo アオキリカ
写真:小塚 司・小南 善彦
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