駿河湾に面した焼津は、カツオやマグロのまちとして知られているが、港町だからこそ生まれた郷土色豊かな食べ物はまだまだ他にもある。
その代表格と言えるのが、ラーメンにのっている赤い渦巻きのかまぼこ「なると」だ。そして地元のおでんには欠かせない「黒はんぺん」の存在も忘れてはならない。あまり知られていないが、いずれも焼津が生産量日本一を誇る。今回はその両王者の美味しさの秘密を探るべく、工場を見学させていただいた。
そのリポートをお届けする。
なるとは江戸時代からあった?!
さすがご当地、日本一のなるとのまちで黒色、赤色、富士山柄、星柄、ハート柄「なると」と出合う
焼津市内には現在7軒のなると専門製造会社がある。その中の1軒、昭和28年創業の「カネ久商店」さんにおじゃました。ここの工場では1日2万本ものなるとを生産しているそうだ。原材料はスケソウダラ、タチウオ、イトヨリのすり身で、高級品にはグチも入る。そこに水と、でんぷん、塩、みりん、グルタミン酸などの調味料を加え、練って生地を作る。生地は二つに分けられ、一方には赤い染料が加えられる。赤い渦巻き用だ。そして白、赤二つの生地が「の」の字を作る金型を通り筒状に成形される。次いで80~90°のお湯の中で固められ、巻きすで巻いてギザギザ模様を作る。そして最後に蒸して完成となる。出来立て熱々のなるとからは湯気が出ていて、いかにも弾力がありそうで、見るからに美味しそう!この段階で食べたらどんな感じなのだろう?残念ながら製品になるまでにはまだ放冷、包装、殺菌加熱、冷却の作業があるのだそうだ。
こうして作られたカネ久のなるとは県内のスーパーに並ぶ他、食品メーカーを通し全国のラーメン店、そば店などの飲食店へ。有名ブランドの名前で販売されているOEM商品も数多くあり、某コンビニのラーメン用に生産しているものもあるとか。学校給食用もあるそうだ。4代目の鈴木綾祐さんいわく、「全ての都道府県にカネ久のなるとは行っています」。さすが日本一のなるとのまち焼津!全国制覇しているとは誇らしい。
そもそも、なるとはいつ頃世に誕生したのか聞いてみるが、詳しいことはわかっていないとのこと。ただ江戸末期の書物「蒟蒻百珍」に、なるとの記載があるとのことで、歴史はかなり古いことになる。焼津でなるとの製造が始まったのは大正末期だそうで、鰹節づくりのかたわら作る兼業が多かったようだ。焼津が日本一のなるとのまちになったのは機械化が進んだからで、昭和40~50年代にかけて蒲鉾組合のみんなでお金を出し合い、地元の鉄工所、金型工場と一致団結。これにより生産量が一気に上がったという。
なるとと言えば白地に赤い渦が定番だが、ここではなんと、赤白逆転したものや、黒地に白の渦、富士山柄、星柄、ハート柄など、バラエティ豊かななるとが作られている。新作の開発にも余念がなく、現在も何か考案中らしいが、そこは企業秘密と教えてはもらえなかった。
「なるとは汁につけて食べるもので、スープを吸って味が染みて、食感もプリッとして美味しくなるんです。だからおでんや煮物はもちろん、ラーメンやそばにも馴染む」と話す4代目。余談としながらも、新しい食べ方を披露してくれた。バターを溶かし、スライスしたなるとを焼き、焦げ目が少しついたら醤油を少々。これも溶かしバターというスープを吸ったなるというわけだ。お酒にも合いそうだ。
焼津のまちでは、おでんになるとはつきもので、焼く、煮るはもちろん、チャーハンに使ったり、フライにしたり、磯辺揚げにしたり、トッピングにも使われる。定番渦巻きだけでなく、温泉マーク、星柄、ハートマーク、富士山柄など個性豊かななるとを使っている飲食店もある。さらにはオーダー生産品を使っている店もあるというから、さすがご当地!日本一のなるとのまちだからできる「なると食べ歩き」もおもしろそうだ。
「なると」という名前はやはり鳴門の渦巻きをイメージしてつけられたようで、昔から渦巻きは「無限」「成長」「生命」のシンボルとされてきたらしい
4代目の弟・鈴木健太さんが工場を案内してくれた
20分かけて攪拌して、200㎏の生地を作る
一方に赤い染料が加えられる
お湯の中で固められ、18~20cmにカットされる
巻きすでギザギザ模様が付けられる
20分かけて蒸され、完成
柄も色もバラエティ豊かで楽しい。プリプリした弾力が特徴で、黒は竹炭を使用。竹炭の香りもほんのり。赤色、黒色は存在感がある
カネ久の生食用お魚かまぼこソーセージ味(星・ハート柄)は、焼津漁協直販店「ヤイヅツナコープ」で購入できる。
ちょっと甘めでサイズも小さく食べやすい。焼津市鰯ヶ島136-26うみえ~る焼津1F 電話/054-629-7393
カネ久ではレトルトおでんも販売している(通販)
4代目の鈴木綾祐さん
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カネ久商店
[住所]焼津市浜当目4-7-3
[TEL]054-627-6624
[公式サイト]https://www.narutomaki.com/
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主原料は小川港に揚がったサバ
大正時代から続く焼津の伝統食おでんに欠かせない「黒はんぺん」
「焼津では、黒はんぺんなんて言わないよ。昔から『はんぺん』とか『はんべ』って言うからさあ」。そう話すのは焼津市でも最も古いとされる黒はんぺん専門製造会社「山下商店」の3代目・山下善実さんだ。創業ははっきりしないとのことだが、100年近くたつことは確からしい。おじゃましたのは11月の初旬。一年で一番忙しい季節。工場内の撮影は難しいとのことで、その替わりに山下さんが撮った動画を基に、疑似工場見学をさせてもらった。
黒はんぺんの主たる材料はサバ。ここでは焼津・小川港に揚がったサバを骨ごとミンチにして使用。小川港に揚がったアジやタチウオなどの季節の魚と合わせて生地を作っているそうだ。あのグレーがかった色の正体はサバだったわけだ。他に入っているのは砂糖、塩、でんぷん、旨味調味料など。それらをよく練って、半月状の型に詰めて成形。95°のお湯の中に放り込まれ茹だったら完成。その後冷却し包装、出荷される。一日に3~4万枚を製造していると言うが、ちょっとピンとこない。だいたい4000~5000袋だと聞いて、とんでもない量だとわかった。
山下商店の黒はんぺんは問屋を通し、県内のスーパー、おでん屋、レトルトのおでんを作る会社などに渡り、東京銀座の飲食店でも使われているとか。静岡おでんの名店とされる「おがわ」(静岡市)の黒はんぺんも山下商店製だ。
「黒はんぺんは出汁の効果があるんでね。自分も美味しいんだけれど、他の人も美味しくさせるからね」。なるほど、おでんにはもってこいというわけだ。「昭和40年代、焼津の駅前に魚や練り製品などを販売する施設があって、ここにカンカン部隊がやってきてね」。カンカン部隊? 聞けば缶の箱を背負い、ここで練り製品を仕入れ、電車に乗って静岡のおでん街まで運び販売する軍団がいたらしい。
黒はんぺんのルーツは魚をすり鉢であたり、湯に入れて加工したつみれのようなものらしいが、焼津で専門につくる業者が誕生したのは大正8年頃だとか。なると同様、鰹節製造のかたわら黒はんぺんをつくり始めたようだ。
冒頭で焼津では「はんぺん」と言うという話をしたが、商品の袋には「黒はんぺん」とある。昭和45年に、白いはんぺんとの差別化を図ろうと、「黒」こそ焼津のはんぺんのアイデンティティだと「黒はんぺん」と名付けた人物がいた。それが山下商店の先代で、以来黒はんぺんの名が浸透するようになったそうだ。
黒はんぺんは、焼津のまちではおでんの他に、焼き、フライ、お吸い物などにも使われ、生で食べればさらに魚の風味が直に味わえる。市内の居酒屋などで気軽に楽しめるのも魅力だ。山下さんは軽く炙って醤油をつけて、さらに炙ったものを薬味なしでそのまま食べるのが一番好きだとか。意外なところでは「しゃぶしゃぶ」もお勧めで、動画で見せてもらった出来立ての味が楽しめるそうだ。山下商店では工場直販もしている。
はんぺんの名前の由来については、型の半月から来たという説や、徳川家に献上した際、自分の名前を聞かれたと勘違いし半兵衛と答えたのが始まりという説もあるらしい
山下商店では大、中、小3つのサイズを製造している
生地に骨まで入っているので、食べた時にザラッとした食感がありこれが美味
木型で成形された生地がお湯に入り、茹であがったら完成
冷却中の黒はんぺん
人力で製品をチェックしながら丁寧に並べていく
3代目の山下善実さん
昔は木型に手付け包丁で生地をのせ成形したそう
黒はんぺんの名付け親、山下實さん
おすすめのしゃぶしゃぶを実践。魚の風味が際立ち、素材の持つ甘味も感じ、弾力のある食感も美味!ぜひお試しを
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山下商店
[住所]焼津市八楠4-11-15
[TEL]054-628-2624
★工場直販
[営業時間]9:00~15:00
[定休日]水・日曜日
大(5枚入)150円、中(5枚入)110円、小(8枚入)90円
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なると、黒はんぺん、こんにゃく…
焼津のおでん文化を引き継ぐみんなの憩いの場「心和」
なるとと黒はんぺんの取材を終え、ここはもう、おでんを食べるしかない!と尋ねたのが「お結び おでん 心和」。オープンは2020年だと言うが、元々この場所にはおばあちゃんが1本20~30円でおでんを売っていた店があり、店主の鈴木由加里さんも通っていたそう。内装などは変えたものの、後を引き継ぐような形となった。焼津のまちには、大人も子どもおやつ感覚で気軽におでんが食べられる店がたくさんあったが、今はほとんどなくなってしまったとか。心和は庶民の味、焼津のおでん文化を守る貴重な店となった。
おでん鍋の中でお客を待っているのは串に刺さったこんにゃく、大根、玉子、ジャガイモ、ごぼう巻き、ちくわ…。もちろん、なると、黒はんぺんもスタンバイ。串の色と形で値段がわかるというシステムで、1本60~180円。出汁は鰹節、昆布で、醤油ベース。そのまま食べてもいいし、青のり入りだし粉、ちょっと甘めの味噌ダレをかけてもいい。味の染みたなるとはモッチリとした食感で、優しい味わい。黒はんぺんは食べ応えのある大判で歯ごたえもいい。なるとに比べてワイルドな味わいだ。
壁に掛けられたメニューに、はんぺんフライ、なるとフライの文字を発見。1枚からオーダーでき揚げたてが味わえる。メニューにはないが、頼めば黒はんぺん焼きも作ってくれるそうだ。作り置きのお結びや惣菜もあり、テイクアウトもできる。この日も夕飯のおかずにおでんや人気惣菜の一つ「鯖こうじ漬け」を買う人が次々やってきた。
井戸端会議の場になるような、そういう居場所を作りたいとの思いで店を始めたという鈴木さん。店まで来れない人がいるならこちらから行こうと、移動販売もする。「心が和む」場にしたいと、「心和」(ここわ)という名前をつけたそうだ。
笑顔が絶えない店主の鈴木由加里さん
焼津市の公式キャラクターやいちゃん柄の「なると」、山下商店の「黒はんぺん」、伝統的なバタ練り製法で作られた地元、岩崎蒟蒻店の「こんにゃく」各100円
おでんの中を俯瞰で描いたメニュー表。どこになにがあるか、これを見れば一目瞭然
「はんぺんフライ」1枚100円、「なるとフライ」1個120円
県外からの客には、焼いて食べても美味しいよと勧めているという「黒はんぺん焼き」1枚100円
「お結び」各150円。イートイン限定、結び立てのちょっと大きめのお結び350円も人気
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お結び おでん 心和
[住所]焼津市大村2-26-11
[TEL]090-8457-4482
[公式サイト] https://www.instagram.com/cocowa0118/
[営業時間]木・金・土曜日の10:30~18:00
※火・水曜日は移動販売日
[定休日]日・月曜日
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