富士山の東麓に位置する緑豊かな高原都市、御殿場市。街中を車で走っていると、お肉屋さんの看板を目にすることが多いことに気がつきました。「馬刺し」の幟(のぼり)や「ハム」の看板もあちこちで目にします。
調べてみると、御殿場市の人口は約8万5千人。その街に12軒ほどの精肉専門店があるそうです。(注:スーパーは除く。)
2014年発表の総務省の資料によると、全国の食肉小売業は11,604軒。人口10万人あたり9.13軒。最も多いのは鹿児島県で17.15軒と言いますから、いかに御殿場市内にお肉屋さんが多いか、この数字からもよく分かります。しかも、大型店舗では無く、昔ながらの個人店が頑張っている印象です。
東京からの距離が近いという立地条件もあるとは思いますが、週末には駐車場に他県ナンバーが列をなす人気店も多いのです。
なぜ、御殿場市にはお肉屋さんが多いのか。人々を惹きつけるその魅力に迫ってみようと思います。
ファンは全国に!御殿場の馬刺しと金華豚
週末ともなると、新鮮な馬刺しや希少な金華豚を求め、お店の前には行列が絶えない山﨑精肉店さん。
最初に訪れたのは「山﨑精肉店」さん。週末には県内はもとより県外からも多くのお客様が行列を作る名店の1軒です。お客様のお目当ては、御殿場ではこちらのお店が発祥という馬刺しと、生産数が少ないこともあり「幻の豚」といわれている御殿場純粋金華豚です。
ご案内くださった山﨑正也さんに、まずは、御殿場での馬肉の食文化について伺いました。
加藤清正の時代まで遡るといわれる熊本のような、全国的に有名な地域に比べると、御殿場の馬肉の歴史はまだ浅いそう。それでも、半世紀以上の歴史があるようです。
御殿場には戦前は軍隊、戦後は自衛隊の駐屯地があり、市内のお肉屋さんとは昔から取引がありました。今も御殿場にお肉屋さんが多いのは、自衛隊があることで需要が多いことも影響しているのかもしれません。
訓練はもちろん、災害などの非常時に火を使うことなく生でも食べられて、しかも栄養も豊富な馬肉はどうだろうと、先代が提案したのがその始まりだったそうです。
「自衛隊の隊員さんというのは、全国に異動があるんですよね。新しい赴任地に行ってからも、“御殿場で食べた馬肉のおいしさが忘れられない”と、お取り寄せをしてくれて、それで全国にうちの馬刺しが拡がっていきました。
40年位前になるでしょうか、タレントの所ジョージさんが食べてくれて“こんな旨い馬刺しは食べたことがない”ってあちこちで言ってくれたのも、影響が大きかったようです。」
お話を伺った山﨑精肉店の山﨑正也さん。
店頭とオンラインショップで週に1トン以上も売れるという馬肉。これだけの量を取り扱っている個人店は、全国でも珍しく、熊本はもちろん、同じく馬肉の食文化で知られる会津、信州でもほとんど無いというのですが、なぜ、山﨑精肉店さんの馬肉は、多くのファンがいるのでしょうか。
「うちの馬肉はすべて国内産のものを一頭買いしています。
全国数か所で行われているセリで落とした馬を、4ヶ月以上かけて肥育している愛知県の牧場から仕入れています。そこは、輸送時も牧場でも、できるだけ馬にストレスをかけないよう環境にも配慮して、与える餌にも水にもこだわっているんです。
枝肉になった状態で店に届いたら、自分たちで骨を抜き精肉にする作業をしますが、これまで培ってきた経験上、そのときそのときの肉の状態がわかるので、この肉はどれくらいの熟成をかけるべきかが判断できます。だから、いつもベストな熟成状態で、しかも一度も冷凍することのない新鮮な状態でお客様に届けることができるんです。」
特別に許可をいただき、作業場で馬刺し用に切り分ける作業を拝見しましたが、職人さんの切り分ける馬肉の美しいこと!!深紅に輝く馬肉の適度な弾力と柔らかさが見ているだけでもよくわかります。
しかも、大きな肉の塊が目の前にありながら、全く血生臭くないことにも驚きました。
美しい深紅の肉色は新鮮さの証。
「新鮮でクセがなく、とても食べやすかった!」と多くの方から声が届くのも納得。
馬刺しにつきものの薬味といえばニンニクですが、この馬刺しなら臭み消しの薬味など要らないでしょう。
ピトッと吸い付くようなしっとりとした肉質、噛むほどに肉のうまみと甘みが口中にあふれ、飲み込むのが惜しいのにあっという間に消えてしまいました。
実は、子供のころから牛肉のユッケが大好物だった私。桜ユッケ(馬肉のユッケ)も馬刺しもこれまでかなり食べてきましたが、こちらの馬刺しは格別でした。うまみも甘みも濃いのですが、赤身と脂のバランスがよく、食べ口がさっぱりとしているので、もう1枚、もう1枚と箸が進んでいくらでも食べられてしまいそう。買い求めるファンが全国に拡がっているのも分かります。
しかし、セリで落とした馬をさらに4か月かけて肥育すれば、それだけ手間も餌代などの費用もかかるわけですが、なぜそこまでするのでしょうか。
そこには「幻の豚」と呼ばれている金華豚の飼育にも通じる、山﨑精肉店さんのこだわりと信念がありました。
命を預かり、命を届けているという覚悟
「自信をもって美味しい肉をお客様に届けるために、とことん自分たちが関わる必要があると思っているんです。数ヶ月肥育された馬を仕入れているのは、僕らが信用している牧場です。牧場まで自分たちが直接足を運ぶこともありますが、それができない時には写真を送ってもらって成長を見守っています。
金華豚も同じです。豚にとって快適な環境、良質な餌、そして出荷のタイミング。
最高の豚肉を届けるために必要なこれらの条件を守るためにも自分たちで飼育しています。
本当に大変だけど、そこまでやりたいし、そこまでやれることが楽しさでもあるんですよね。」
金華豚の飼育場にて、正也さんと従弟の山﨑卓也さん。(写真提供:御殿場市)
頭とお尻が黒いことから「熊猫猪(パンダ豚)」とも呼ばれる金華豚。(写真提供:御殿場市)
金華豚は、中国・浙江省原産の豚。成熟体重が100キログラムから130キログラムという小型の豚で、頭とお尻が黒いという特徴から中国では「熊猫猪(パンダ豚)」とも呼ばれています。優れた肉質も特徴で、中国料理の高級食材として世界的にも有名なのですが、金華豚から作られるハムは、ハモン・セラーノ(スペイン)、プロシュート・デ・パルマ(イタリア)と並ぶ世界三大ハムとして知られています。食に興味のある方は、金華ハムや金華スープの名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。
小型で肉量が少ないうえに成長も遅いため、日本国内では、御殿場を含め2か所でしか育てられていません。
純粋種の金華豚は「御殿場純粋金華豚」としてブランド化していますが、その希少さから市場に出回ることがとても少ないため、「幻の豚」と呼ばれているのです。
御殿場での飼育は、平成元年に静岡県と友好都市の浙江省より寄贈された3頭(雄1頭、雌2頭)が静岡県中小家畜試験場(現:中小家畜研究センター)から払い下げられたことから始まりました。
現在では、繁殖豚4頭、肥育豚約70頭が飼育されているそうです。
生産性の向上などのための交配が行われ新たな品種が誕生していく中、防疫上の観点から新たに中国から輸入はできないため、純血種の金華豚を守ることも重大な使命だといいます。
夏は湿度が高いものの気温は涼しく、冬の寒さは厳しいという御殿場の気候風土。
ストレスが生育に大きな影響を与えてしまうので、冬はヒーターを入れたり、夏は水浴びで涼を与えたりしてきましたが、昨今の温暖化対策として冷房設備の導入もしました。
「僕たち人間よりも気を遣っていますよ」
と山﨑さんは笑います。
「生き物にとって水は大切です。飼育場は富士山麓、標高450mの高さにあります。偶然でしたがここの水の水温が豚にとっても非常に良かったんです。富士山の伏流水ですが、ここより標高が高いと水が冷たすぎてお腹が冷えすぎてしまう。内臓が冷えすぎると消化など、健康にも影響が出てしまうのは豚も人間も同じですからね。」
「金華豚は本当に美味しいんです。だからこそ、本当はもっとたくさんの人に食べてもらいたいんですよね。そのためには、飼育環境や条件をもっと整えて、なんとか生産数を増やしていきたいと思っています。」
そう話してくれたのは、正也さんの従弟の山﨑卓也さん。
「生き物の命をいただくからこそ、責任と自信をもってお客様に美味しく食べていただけるものを提供する。」代々受け継がれてきた信念のバトンは、正也さんにも卓也さんにもしっかり受け継がれていました。
馬刺しや金華豚を使った焼き豚やハムなどの商品を求めて県外からの多くのお客様でにぎわうお店ですが、もちろん精肉も扱っていますし、メンチカツなど揚げたてのお惣菜も並んでいます。この日もご近所の常連さんが揚げたてのコロッケなどを買い求めていらっしゃいました。
「土日は行列がすごくて買いに来られないけど、平日の早い時間にお昼のおかずを買いに来ていますよ。」
とお客さん。
どれだけ行列ができても、全国区の有名店になっても、御殿場市民にとっては、昔からのなじみの“町のお肉屋”さんなんですね。
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山﨑精肉店
[住所]静岡県御殿場市板妻114-1
[営業時間]8:30〜18:00
[定休日]火曜、第4月曜
[TEL]0550-89-1229
[URL]
https://www.kinkaton.co.jp/
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希少な御殿場純粋金華豚を食べる!
生産地・御殿場でもなかなか食べられない御殿場純粋金華豚をとんかつでいただく。
純粋種の金華豚「御殿場純粋金華豚」のとんかつを「旬菜やま城」さんでいただきました。
「金華豚の魅力は、なんといっても肉質の良さ。特に脂は融点が低くて甘みがあります。しゃぶしゃぶもポークソテーもいいですが、この肉の良さを活かすには絶妙な火入れができるとんかつがオススメです。」
そうおっしゃるのは代表取締役の大月伸介さん。
以前はポークソテーもメニューにありましたが、入荷量が少ないので、今は一番おすすめのとんかつ1本にメニューを絞っているとのこと。
使用するのはロース肉。脂身部分が美しいほどに純白であることにまず驚きました。
丁寧に切り分けたものを均一な厚み、大きさになるよう筋切りしてから整え、衣をつけ、低温で片面6分、裏面5分を目安にじっくり揚げていきます。
脂身のおいしさが何よりの特徴という金華豚だが、赤身部分もきめが細やか。
低温でじっくりを火を入れる。
ザクザクとした食感を生み出すパン粉も特注品。
まずは、金華豚の肉そのものの美味しさを味わうため、何もつけずにいただきましょう。
遠慮なく真ん中の一切れをいただいたのですが、身の半分近くが脂身でした。
揚げる前は真っ白だった脂身が、いまはほんの少し黄身がかったゼリー状に見えます。
良質の豚肉は脂身が美味しいことは承知していますが、正直、脂身が多いなぁと思いながら口に入れました。
サクッとかみ切れる歯切れのよい揚げ具合はさすがにプロの技。
きめ細やかな赤身と、とろりとゼリー状に見える金華豚の脂身。
うわっ、甘い!
ただ甘いだけじゃなく、クリーミーで濃厚。それでいてスッと溶けてしまいました。でも、口の中に脂っぽさは残らず、甘みの余韻がふうわりと残っています。
赤身肉の部分もきめ細やかで柔らかく、お肉自体にうまみがあるので、ソースなどをかけなくても十分に美味しく味わえました。シンプルに塩でいただくのもいいかもしれません。
この脂の濃厚なうまみと甘みは、唯一無二の味。山﨑さんや大月さんがおっしゃった「他にはない豚肉」というのは、こういうことかと腑に落ちました。
お店は国道246号線沿い。金華豚を確実に食べたい場合は、要予約!
「お客様の要望も多いんですが、なかなか入手できないのでご予約いただくのが確実です。せっかく楽しみに来てくださったのに“今日はありません”では申し訳ないですから。御殿場を代表する豚肉として、もっとお客様に食べていただきたいので、できればもっと入荷量が増えると嬉しいですね。」
金華豚と山﨑さんたちの“これから”に期待している方が、ここにもいらっしゃいました。
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旬菜 やま城
[住所]静岡県御殿場市山之尻996−1
[営業時間]11:30〜13:30 17:00~20:00
[定休日]水曜、第1・3火曜
[TEL]0550-83-9665
[URL]
https://www.gotemba-yamashiro.jp/
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ところで、同じ市内にこんなに多くの同業者がひしめき合っていることを、それぞれのお店はどう思っていらっしゃるのでしょうか。今回の取材で訪れた何軒かのお店で同じことを聞いてみると、異口同音にほぼ同じ答えが返ってきました。
「脚を引っ張り合ったりはしませんね。それぞれに看板商品があって、それぞれが自信を持っている。だからこそ、お互いにリスペクトの気持ちを持っているんだと思います。困った時や悩んだ時にも相談しやすいです。」
そう話してくださった山﨑さんですが、お客さんから
「生ハムはどこがいい?」
と聞かれたら、
「生ハムならあそこがオススメですよ」
と躊躇無く他店の名前を答えるそうです。
「御殿場のハム作りで一番歴史があるのは石川商店さんです。うちもあそこで教わりましたし、ほかのお店も石川さんに教えてもらったところが多いと思いますよ。」
それぞれに得意分野と自慢の逸品があるという個店があるのも、御殿場ならでは。
次は、山﨑さんからもお名前が出ていた石川商店さんに伺ってみましょう。
御殿場のハム作りの元祖、「御殿場ハム」
製造所は大通りから少し入った住宅街にある。
御殿場ハムのブランド名でも知られる「石川商店」さんは、市内に2店舗お店を構えています。
お邪魔したのは本店から少し離れた場所にある製造所。出迎えてくださった代表の石川英嗣さんと、お父様であり会長の又英さんにご案内いただきました。
中では職人さんたちが、スモークハムを燻製機に入れる前の最後の工程、紐を巻き直して形を整えている作業中でした。丁寧な手作業ながらも手際よく、次々に形が整えられていく様はまさに職人の技!
熟練の技で形を整え、紐を結び直していく職人さんたち。
石川商店さんは、明治41年に陸軍御用達の精肉店として創業し、以降牛肉・豚肉専門店として営業してきました。
ハムの製造を始めたのは、昭和初期のこと。当時御殿場には外国人の別荘地、通称アメリカ村があり、そこに住んでいたドイツ人フリードリュヒ氏から教わったレシピをいまも忠実に再現しているそうです。
豊富な富士山の雪解け水があり、高冷地のため夏季でも他より涼しいこの御殿場の地だからこそ、ハム作りが盛んになっていたといいます。
「便利な道具や技術が発達しているいまでも、昔ながらの製法を守り続けているのは、なぜですか?」
目がしばしばしてしまうほどの薪の香りと燻製の煙が満ちた製造所の、奥の部屋をのぞいた瞬間、質問をするのはやめました。聞くまでも無いと思ったからです。
そこにあったのは、石造りの大きな茹で釜。そしてさらにその奥にあったのは真っ黒にいぶされた、頑丈な金庫のような形をした燻製窯。どちらも石川商店さんがハム作りを始めた当初から使っているもので、この製造所を新築した時も、大事に移築し引き継いだもの。
昭和初期、ハムづくりを始めたときから使っている伊豆石でできた五右衛門風呂式の茹で釜。
ハムやソーセージを茹でる水は、現在は御殿場の水道水。柿田川の水源でもある富士山の地下水である。
五右衛門風呂の焚口。いまでも薪を炊いて使っている。
その存在感、迫力に圧倒され、思わず質問の言葉を飲んだのです。
「これは、理屈ではないぞ」と。
石川さんたちが何代にもわたって重ねてきた時間、伝えてきた技を、この茹で釜と燻製窯が物を言わず、でも雄弁に物語っていました。
分厚い扉を開けてもらうと燻製釜の中には、様々な大きさのベーコンがズラリ。
燻製用の窯は3台あり、茹で釜同様、ハムづくりを始めたときから使用している。
ベーコンやハムはひと晩かけて燻し、食欲をそそる薫香を肉にまとわせていきます。
ちなみに、ロースハムが完成するまでは、精肉の状態から数えると約2か月かかるそうですから、“本物”のハムやベーコンのお値段が張るのは当たり前だなと、今回の取材で改めて思いました。
「伊豆特産の伊豆石で作られた茹で釜は五右衛門風呂なんですよ。いまも薪を炊いて使っています。その薪となるのは主に桜の木。御殿場市内で伐採されたものが中心です。使用する肉は全てが御殿場の地のものではありませんが、全て国産の安心安全なものを使っています。新しい技術や時代の良さも取り入れながらも、昔から伝わる技法や道具、味を大事に守りたいと思っています。」
ご案内くださった五代目石川英嗣さん(左)と、四代目で会長の石川又英さん。
製造所を後にして、東名御殿場インターからもほど近い「インター店」にも立ち寄りました。
1番のオススメ商品を伺った際、会長さんが昔ながらの製法で作るロースハムをあげながら
「4時間かけて焼き上げる焼豚も自慢なんだけど、その焼豚を使った新商品の焼豚おにぎりがあるんですよ。それが本当に美味しくできたんだよねぇ。」
と顔をほころばせながらおっしゃっていたのも印象的でした。新商品も次々に登場しているんですね。
会長ご自慢のおにぎりに使われる焼豚も、ハム作りと時を同じくして作り始めた伝統の味。
4時間かけて炭火で焼き上げる焼豚は、炭火の香りが芳ばしく、豚肉本来の美味しさにしっかりタレのうま味がしみこんでいました。ごはんのお供にもお酒のつまみにもピッタリ。希望のグラム数を伝えて、その場でスライスしてもらえるのも、お肉屋さんならではのやりとりです。
店内には大きなショーケースが並び、精肉や加工品がずらり。
お店を代表する御殿場ハムのブランド商品などの加工品以外にも、大きなショーケースに精肉がずらりと並んだ店内。スーパーでパック詰めされたお肉を見ることが増えている中、こどもの頃におつかいで行った昭和の“町のお肉屋さん”を思い出しました。でも、生ハムやビアシンケンなど、ワインやビールのお供にもピッタリのシャルキュトリ(お肉の加工品)も並んでいるのは、現代のニーズに応えているようにも思います。
ハム作り同様、古き良きものを大事にしながらも、時代の進化や良さを柔軟に取り入れている姿勢が伝わるお店です。
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御殿場ハム本店
[住所]静岡県御殿場市新橋1982
[営業時間]8:30~18:00
[定休日]火曜日
[TEL]0550-82-1129
[URL]
https://gotemba-ham.com/
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御殿場ハムインター店
[住所]静岡県御殿場市新橋737-3
[営業時間]9:30~19:00
[定休日]火曜日
[TEL]0550-84-8641
[URL]
https://gotemba-ham.com/
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もう1軒、御殿場での伝統的なハム作りの歴史を語る上で外せないお店があります。
石川商店インター店から、車で箱根方面へ5分もかかりませんが、周辺には緑が増え、どことなくリゾートの雰囲気が漂う町並みの中、黄色い看板が目印です。
アメリカ村とハム作りの歴史
この日は平日でしたが、駐車場には他県ナンバーを中心に車がずらり。昔ながらのベーコンやこのお店名物のボロニアソーセージを目当てに、多くのお客様が行列を作るお店「二の岡フーヅ」さんです。
広い敷地内にある製造所を早速見学させていただきました。ボロニアソーセージは、生産数が増えたため、市内の別の場所に工場を作りましたが、ベーコンやスモークハムは、いまもこの場所で作っているそう。
大きな鉄の扉を開けていただくと、室内にたちこめていた煙がぶわっと流れ出て中が見えないほど。辺りを薪と燻製の良い香りが満たしました。ハムなら90本は並べられるという大きなかまどは、その長い歴史を物語る様に、燻され真っ黒。床にはベーコンやハムから落ちた脂が白く厚くたまっています。
ロースハムなら90本は並べられるという大きなかまど。
燻すのに使うのは桜の丸太。臭みが無く、やわらかすぎないことも大事だという。
使っているのは厳選された桜の木。燻製に使う丸太は臭みの無い木である必要があり、適度な硬度も必要だそう。桜の木は香りが良く、燻製用チップスの定番でもあります。
ご案内してくださった専務取締役で三代目にあたる芹澤尚幸さんによると
「御殿場のこのあたりは、桜の名所でもあるんです。昔から手に入りやすかったんでしょうね。いまは、手入れの際に剪定された枝なども使っています。」
二の岡フーヅさんでは、昭和初期にハム作りを始めた当初から、ベーコンやハムは変わらぬ製法を守り続けていますが、それは使う薪も同じ。ずっと変わらず、桜の丸太を使っているそう。
じっくりと時間をかけて燻すことで適度に脂が落ち、表面は飴色に輝く。
5時間かけて燻すというベーコンは、飴色に輝いていました。
お肉のうま味が凝縮し、噛むほどに燻製の香りが鼻腔に抜けていくこのベーコン。スライスしてそのまま食べても美味しいですが、ほんの少しの量を刻んでアスパラガスと炒めてみたら、濃縮したお肉のうま味と香りが素晴らしく、その美味しさに驚きました。
「ロースハムもですがベーコンも作り始めた当初から変わらない伝統の味。自信作です。」
とおっしゃるのも納得です。
創業当時のお話を伺うと、大変貴重な資料を見せてくださいました。
二の岡フーヅさんの歴史は、戦前まで遡ります。
昭和12年に発行された当時の二の岡地域の地図。外国人名の屋敷の近くにプールや「二岡フーヅ」の文字もある。
真夏の最高気温が30度を上回ることが無かった御殿場は、その涼しさと富士山を間近に仰ぐ景観の良さもあり、明治の頃から軽井沢や箱根と並ぶ避暑地として知られていました。
1891年(明治24年)、高山植物採取のため箱根山中に入り、道に迷ってしまったイギリス人が二岡神社に助けられ、そこから見た富士山の美しさに魅了され、二の岡に別荘を建てました。その後、著名人や外国人の別荘が次々に建ち、通称アメリカ村と呼ばれる別荘地になっていきます。
当時の日本では、まだ外国人の求める肉食文化は普及しておらず、食材が手に入らなかったので、彼らは養豚組合のようなものを立ち上げました。これが「二の岡フーヅ」さんの前身です。
このとき、重要な役割を果たしたのがアメリカ人宣教師のボールデンさん。
養豚の普及をはじめ、ハムやソーセージの製法、トウモロコシやトマトなどの育成、鶏や七面鳥の飼育、西洋式家具の製法などを指導したと記録が残っています。
昭和のはじめには、本格的にハムの生産が始まっていたそうです。
しかし、戦争の足音が高まりつつあった1936年(昭和11年)、ボールデン夫妻も日本を離れることになり、
その時にその味と技術を守ろうとしたのが、「二の岡フーヅ」の創業者、芹澤正策さんだったのです。
乗船した船の便せんを使って書かれた手紙と同封されていた写真。芹澤家でいまも大切に保管されている。
調べてみるとボールデンさんが来日したのは1906年頃のこと。宣教師として福岡にやってきて、東京でも様々な活動した記録が残っています。
1934年(昭和9年)に丹那トンネルが開通するまでは、沼津~国府津間は、現在の御殿場線を走行していました。福岡や東京を何度も往復するうちに、御殿場から見る富士山に魅了されたのでしょうか。1907年にはボールデンさんが御殿場に別荘を建てたという記録が残っていました。
芹澤家には、日本を離れる際に、帰国する船の中で書かれた手紙と、同封された夫妻の写真がいまも大事に保管されていました。英語の手紙かと思えば、よく見ればローマ字で書かれています。
「kokoro yori o rei wo moshiagemasu = 心より御礼を申し上げます」
芹澤家はじめ二の岡で関わった人たちが読みやすいようになのでしょう。ローマ字で綴られた手紙からは、ボールデンさんの気遣いと優しさ、そして供に過ごした時間がどれだけ幸せだったか、離れがたい想いも伝わってくる気がします。
ご案内くださった専務取締役の芹澤尚幸さん。
「以前は季節によって塩の加減や香辛料の配合を少しずつ変えていました。最近はどちらのお宅でも空調や冷蔵設備も整っていますから、季節によって変える必要も無くなりました。レシピだけではなく、塩漬け、塩抜き、水切りはもちろん、木綿で包んでたこ糸を巻く。全て伝わってきた手作りのやり方です。これからも守り続けていきます。」
大切に守られているのは手紙や資料だけじゃなく、ボールデンさんとの強い絆と受け継がれた伝統の技と味。そして、それがかけがえのない何よりの財産なのだと思います。
そしてもうひとつ、「二の岡フーヅ」さんには、忘れてはいけない看板商品があります。
行列ができる人気の品、二の岡フーヅの代名詞とも言えるボロニアソーセージ。
「おそらく作り方は聞いてはいたのでしょうが、祖父がほぼ独学で施行錯誤の末に完成させました。」
それがこの日も行列を作っていたお客さんのほとんどが買い求めていたボロニアソーセージ。
御殿場でのゴルフ帰りらしいお客さんの姿も目立ちます。
「御殿場に来たときは必ずお土産に買って帰ります。家族から必ず買ってきてって頼まれるんですよ。大手メーカーのものに比べると、日持ちが短いから、少しずつしか買えなくてね。ハム目当てで来ることもあるくらいです。」
ゴルフウェア姿の男性に声をかけてみたところ、そんなお話をしてくれました。
ボールデン夫妻の写真などが飾られ、歴史を感じる佇まいの売店。
ギュッとお肉のうま味が詰まったボロニアソーセージは、薄くスライスしてサンドイッチやサラダにしても良し、厚めに切ったものをハムステーキにしても良し。他にも二代目の現社長が作り上げたスモークドアイスバインなど、ショーケースの中には所狭しと商品が並んでいました。
わざわざ御殿場までやってきて、行列に並んででも手に入れたいと多くの方に愛されているお店です。
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有限会社二の岡フーヅ
[住所]静岡県御殿場市東田中1729
[営業時間]9:00〜18:00 (12月中・祝日を除く)
[定休日]火曜
[TEL]0550-82-0127
[URL]
https://www.ninookaham.co.jp/
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御殿場の風土が育むふじやまプロシュート
伝統的なハム作りを守り続ける方々がいる一方で、「他のお店と同じことをしていたんじゃ敵わない」と、生ハム作りに挑み、いまや御殿場名物ともいえる名品を作り出した方もいます。
最後にご紹介する1軒は、2011年に「ふじのくに新商品セレクション最高金賞」を受賞したふじやまプロシュートを生んだ「渡辺ハム工房」さんです。
こちらは1945年、精肉店として開業しました。店舗の一部を改装し、ハム作りを始めたのは2004年のこと。
「それまでは箱根の仙石原の方に委託して作ってもらったロースハムとかウィンナーとか、ベーコンとかを売っていました。でもその方ももういい年齢になってきて、作り方を教えてくれるというので、店舗を改装して自分たちで作ろうということになりまして。で、誰がやるの?となったんですけど、ちょうど自分が大学を卒業するタイミングだったんです。」
そうお話してくださったのは、「渡辺ハム工房」の三代目渡辺義基さん。
渡辺さんは青森の大学の獣医学部を卒業。獣医師の免許は衛生管理者の資格要件を満たしていたことも、「ちょうど良かった」と言います。
ハム作りの基本は教わったものの、あとはほぼ独学で、製造しながら分からないことがあればまた教えを請う。
そんな風にスタートしたハム作りでしたが、ある程度、納得がいくものを作れるようになった頃、お客さんから「生ハムは無いの?」と聞かれたのだそうです。
「今は無いです。」
“今は”だったんですね?と聞くと
「“無い”っていうのが嫌だったんです。」
と照れたような、くすぐったそうな表情で話してくれました。
「この周辺にはハムやソーセージで有名なお店が既に何軒もあって、どこも既にすごい知名度があって。うちがどんなに美味しい商品を作っても、敵わないと思っていました。だったら、どこもやっていない生ハムをやってみようと。」
生ハム作りはほぼ独学。でも、そこは獣医学部出身。生物学的な知識もあり、地頭の良さを発揮して、文献などを読み解くことで、なんとかできる気がしていたと言います。最初に試しに仕込んだ1本は、硬かったり臭かったりして売り物にはならなかったものの、腐ってはいなかったし、味は良かったので手応えを感じたという渡辺さん。その後、細かな調整を続けながら今に至っているのだそう。
「御殿場の夏は、気温は涼しいけど駿河湾からの湿度を含んだ風が吹くので湿度がすごいんですよ。眼鏡が曇っちゃうことがあるくらい。冬は寒くて乾燥しています。この気候風土が生ハム作りには合っているみたい。生ハムで有名なイタリアの地方も同じような気候風土みたいですよ。行ったことは無いですけど(笑)。」
地元で富士おろしと呼ばれている冷たい風が吹く冬場に仕込み、夏は駿河湾からの風で乾燥。御殿場の気候風土と、作り手の手間ひま、そして時間が多くのファンがいる生ハムを育てています。
渡辺さんの作る生ハム「ふじやまプロシュート」は、私も何度もいただいているのですが、不思議なくらいに日本酒にあいます。沼津の白隠正宗さんや富士宮の高砂酒造さんのような、どしりとした、うま口の日本酒との相性が抜群だと個人的には思います。
そういえば、どちらのお酒も、そして生ハムも富士山の恵みから生まれています。風土が生み出すハーモニー
なのかもしれませんね。
生ハムや白カビサラミ、ウィンナーなどの加工品や、精肉、お惣菜まで並ぶ店内はまるで宝箱のよう。何を買って帰ろうか、行く度に悩んでしまうんです。
その中に鹿肉や猪肉を使った商品もありました。ほぼ独学で始めた生ハム作りですが、ノウハウの蓄積や実績、できあがるその美味しさに惹かれ、豚肉だけでなく猪や鹿肉などのジビエ肉を持ち込まれる委託製造も増えているそうです。
これからの夢や展望についてお話を伺うと
「まだ公にはできないけど」
との前置きで、これから進めようとしている事業について話してくださいました。
内緒の話なのでここに書くことはできませんが、御殿場の肉文化に、また新たな1ページが加わりそうな内容にこちらもワクワク。
嬉しい報告が届くのを楽しみにしていますね。
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渡辺ハム工房
[住所]静岡県御殿場市川島田661
[営業時間]9:00 ~ 18:00(精肉17:00)
[定休日]日曜、第2月曜(繁忙期を除く)
[TEL]0550-82-0234
[URL]
http://nikuaji.com/
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そして、はじまりの場所へ
御殿場のお肉巡りの旅、最後にご案内するのは、御殿場のハム作りの歴史はここから始まったとも言える場所。
二の岡フーヅさんでもお話に出てきた「二岡神社」さんです。
二岡神社の起源は、日本武尊の東夷征討にまでさかのぼると伝えられています。鎌倉時代には将軍家の崇敬を集めるようになり、この地方の領主であった大森・北条・大久保氏などの祈願所にもなっていました。
深い深い鎮守の森に囲まれたお社は、静謐という言葉がピッタリの佇まい。
迷子になった外国人がこの神社にたどり着かなければ、御殿場の様々なハムや魅力的な個店は生まれなかったのかもしれません。
実は私自身も最初は全く予備知識が無く、こちらの神社を訪れました。
以前、二の岡フーヅさんで買い物をした後、この奥は何があるのだろうと惹かれ、たどり着いたのです。
うっそうとした森の中、苔むした石段を登った先に、黒澤映画や北野映画で見たことのあった景色に出会って驚きました。この場所には引き寄せの神秘的な力があるのかもしれません。
キンと冷たく清らかな水が蕩々と流れる手水場で身を清め、社殿に二礼二拍手一礼。
古からこの地を守る神様へのご挨拶を済ませたら、さぁ、今日はどこのお店に買い物に行きましょうか。
今日の気分は、ボロニアソーセージ?それとも生ハム?お気に入りのお店のロースハムでサンドイッチを作るのもいいですね。でも、御殿場まで来たらやっぱり馬刺しも欠かせません。
お財布と冷蔵庫のスペースとの相談も必要です。
美味しく嬉しい悩みを抱えることになりますが、御殿場お肉巡りの旅に、あなたも出かけませんか?
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二岡神社
[住所]静岡県御殿場市東田中1939
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