ららら紀行

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特別寄稿 ふじのくにガストロノミーツーリズムを推進しよう
ふじのくに地球環境史ミュージアム館長 佐藤洋一郎


 テレビ番組「料理の鉄人」以来、料理や食に対する関心が広まった。料理を扱う番組や、新聞記事などが目白押し、旅の雑誌にも食べ歩きや美食旅のような特集記事が実に多い。それはそれでよいと思うが、私はもう一つ物足りなさを感じている。多くの記事や番組にその県や地方の顔が一向にみえない。つまり、記事や番組に登場する「もの」や「こと」に、その土地の体臭つまり「風土」を感じないものが多い。中にはある店や企業の宣伝をしているのかと思われるようなものもある。

 「駅弁フェア」というイベントが盛んにおこなわれている。居ながらにして日本全国の駅弁が食べられるのだから便利で、各地でイベントが行われている。けれど、買ってきた弁当を食べてもどこか味気ない。駅弁の楽しみはその町に行ったときに、あるいはその街を通過したときに食べるところにある。駅弁には「車窓の風景」というしつらえがあって醍醐味を味わえるように思うのだが…。駅弁フェアで買い求めた駅弁は、もし包み紙の情報がなければどこの駅弁だかわからない。第一、東京駅で各地の駅弁を売ってみたところで、東京一極集中の手助けをしているだけのようにも感ぜられるし、フェアのもうけはイベントの開催者と駅弁の製造者にしか落ちない。その駅弁を支えてきたに違いない地方地域にはお金はまったく落ちないのだ。これが、旅行者がその土地で買って食べるのならばその街に多少なりともお金を落としてゆく。

 ガストロノミーツーリズム(この語は長いので、ここではガスツーと略する)は食を軸とした旅であるが、静岡でのガスツー「ふじのくにガスツー」の成否のカギを握るのは、静岡でなければ成り立たない「強み」を生かすことだ。ものを東京に運ぶだけでは付加価値は静岡には落ちない。東京の人に来て食べてもらう仕掛けが必要である。そしてそのためには、まず静岡という土地を利用できる仕掛けが必要である。静岡という土地やその食文化を知ることから始める必要がある。ここでは、食の面から見た静岡と特徴をまとめておきたい。 ここではさしあたり県下の10の地域または文化的特徴を取り上げてその風土について述べてみたい。なお、ここに示したのはあくまで一例にすぎず、他にも素晴らしい場所、食文化があることは付言しておきたい。



1)富士箱根の水と野菜。


静岡県は豊かな水を持つ県で、その水資源は広大な南斜面を持つ南アルプスや富士山への降水にある。富士山周辺には多数の湧水があり、それを利用したニジマス(富士宮市)、水かけ菜(御殿場市)、鰻(三島市・清水町)など多彩な食材が有名である。また豊富な水を利用した日本酒やビールなどの飲料が生産される。いっぽう黄瀬川を挟んだ東側の箱根西山麓は水確保のための函南原生林や深良用水をみるなど「少なすぎる水」に苦しんだ地域で、箱根西麓野菜や丹那盆地の酪農などを生んだ。これらを使ったイタリアンやフレンチのレストランも多い。また「三島コロッケ」も興味を惹く。



2)伊豆半島の漁港群の多品種の魚と棚田のわさびのパッケージ。


伊豆半島はリアス式海岸が発達し、多くの小さな漁港があって多品種小規模の漁獲(地魚)が特徴である。これらを使った「ご当地寿司」はじめ各種の魚料理が一期一会のメニューとして興味深い。これを天城山麓の棚田のワサビが、ワサビおろしの鮫皮とともに支えている。松崎の桜葉は全国シェアの7割を占めており、これらが合わさって伊豆固有の和食文化を形成する。



3)しずまえの漁港群と魚加工の文化。


しずまえの漁獲は、1つにはマグロ、カツオなどの大型回遊魚に代表され、伊豆の漁港群と好対照をなす。これらを用いた刺身や発酵食品である鰹節、保存性に優れた缶詰などの生産でも全国有数。同時に、沿岸の水産資源として、サクラエビや生シラスが著名で生食やてんぷらの文化があるが、これらを支えるのが大井川、安倍川、富士川など南アルプスに端を発する河川の豊かな水である。



4)富士宮の酪農回廊。


富士山西麓はかつては塩を甲州に届けた塩の道が通い、またさらに古くは富士修験(村山修験)の拠点があり、また竹取物語の舞台でもあるなど、水田稲作文化に属さない文化の地域でもある。北部は高原地帯で比較的低温乾燥の地域で、乳製品や畜産物の産地を形成している。



5)味噌と関連食品の回廊。


味噌は植物性タンパク質に富む発酵食品で戦国時代の戦場でも重宝された。大豆の発酵食品として県下には浜(名)納豆や柚餅子(ゆべし)があり、主に武家文化や茶の文化に伴って発展した。味噌はその後も、味噌まん、とろろ汁などに使われ地域に根づいた。なお、味噌まんの中には、かつて小笠地区で栽培されていたサトウキビ生産の名残と思われる黒糖で色を着けたものもある。



6)浜名湖と遠州灘の水産品の文化。


浜名湖は中世末の地震によって海とつながって汽水域を拡大したが、それにより、ウナギやカニなどの多様な水産資源をもたらした。ウナギの養殖は天竜川や湖西連山からの湧水に支えられるほか、淡水域ではノリの養殖が、湖東ではスッポンの養殖も盛んである。いっぽう遠州灘の漁港では、フグ、タチウオなどの漁獲も盛んで、これらによって県西部の魚食文化は支えられてきた。淡水-汽水-海水の漁場とその文化を体験する。



7)禅宗寺院と茶・精進料理の回廊。


県下には長い歴史をもつ禅宗(臨済宗・曹洞宗)寺院が多くあり、また武家文化の影響も受けた茶事や、中世以来の精進料理の伝統が息づいた。茶葉の生産量は全国一であり、かつ複雑な山間の地形が多いこととも相まって特徴あるいくつもの産地を有する。精進料理は典型的な地産地消の形態をとり、使われれる食材に強い季節性と地域性を示す。



8)井川を含むオクシズ。


オクシズとは奥静岡の意味で、奥大井、奥藁科、奥清水、安倍奥の4つの地域に分けられている。井川は奥大井に属する。ここは古代末から諏訪地方とのかかわりがあったことが確かめられるほか、中世には金の採掘で戦国大名の注目を集めた。また、近世末の19世紀には焼畑が営まれ、雑穀、ソバ、エゴマ、チャなどが栽培されていた。いま井川のソバやこの地の工芸品であるメンパに注目する蕎麦店が焼畑の復活にも力を注いでいる。



9)日本平の文化回廊。


日本平は、眼下に清水港、はるか向こうに富士山を眺める絶好の景勝地で、周辺の文化施設群や歴史遺産とともにひとつの文化ゾーンを形成している。また駿河湾の興津タイ、サクラエビなどの水産資源、柑橘類などにも恵まれる。これらを巡る旅と周囲で採れる産品で作られる食を楽しむことができる。



10)東海道の甘味。


県内には江戸時代の東海道の宿場が22あった。これらの多くに地域固有の名物料理があったが、中でも甘味はたいそう充実していて、旅人の根強い需要に支えられていたのであろうことが想像される。それらはとくに難所の手前や川越の基地に多いのも特徴である。なお、駿府には安倍川餅のほか、うさぎ餅や追分羊羹なども知られた。甘味を支えたのは小笠のサトウキビのほか、飴が使われていた跡もうかがえる。

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