様々なカタチでお茶の楽しみ方を提案し、静岡茶の未来を支える人々を訪ねる旅。
後編では、静岡や日本という枠を超え、活躍の舞台を世界に見出している方々を中心にご紹介していきます。
お茶の樹から生まれる茶葉が、姿を変え消費者に届くまで。それは川の源流の1滴が、様々に形を変えながら河口を目指す様にも思えます。
さぁ、川の流れを巡る旅を続けましょう。
前編はこちら
世界の乾杯を変える!?スパークリングティー「bodhi」
後編でまずご紹介するのは、2023年夏、シンガポールで開催された「にっぽんの宝物世界大会」で見事グランプリを獲得した「スパークリングティーbodhi(ボーディー)」。
特許製法の乳酸発酵茶から生まれた新時代のノンアルコール飲料として、注目されています。
「bodhiのグランプリ受賞はチームで作り上げたものです」と話してくれたのは、そのチームで広報担当としてプレゼンを担っていた安間製茶代表の安間孝介さんです。
にっぽんの宝物コンテストに出場するのは、2度目だったという安間さん。前年の大会に、日光を完全に遮る栽培方法から生まれた希少な高級茶「白葉茶つきしろ」で参加し、静岡大会ではグランプリを受賞。しかし、全国大会では惜しくも準グランプリでした。
「全国大会では、見せ方、プレゼン力が全然違いました。グランプリを獲らないと世界大会には行けない。それがとても悔しかったんです。
ちょうど同じ頃、ご近所の池田園さんと焼津の長峰製茶さんと一緒に、乳酸菌で発酵させた晩茶の商品開発に取り組んでいました。そこで、その商品で来年の大会に出ませんか?と持ち掛けました。
池田園さんが栽培や乾燥の管理、長峰さんが発酵の管理をされているので、私は広報やプレゼンを担当することになりました。」
自身だけで挑んだ1度目の挑戦と大きく違ったのは、チームで取り組めたことだ、と安間さん。それぞれの得意分野を活かすことで、できることや可能性がどんどん拡がるとおっしゃいます。
ちなみにひと口に晩茶と言っても、全国の土地ごとに様々な種類があるそうです。安間さんたちチームの取り組みは、日本各地にある地域ごとの「お茶の原点」と言えるものをこの土地でも作ってみないか、と始まりました。
最初は昔から発酵茶の手法としてよく知られている樽漬けという方法でやってみたものの予想通りにはいかず。次は蒸して真空状態で発酵させたら、今までに無い蜂蜜のような香りと、酸味が出たので、これで商品化を目指すこととし、茶畑のある地域の名前「菩提」から「菩提酸茶」と名付けました。
この菩提酸茶を販売したり、展示会に出品したりしていたところ、飲食業界の方から「この味ならスパークリングにしてみたら?」と言われます。
「結婚式で使えないかな?」という意見もあったので、ロゴや瓶もオシャレなものに。
そもそも菩提という地域の土地の名をつけたのも、晩茶に注目したのも、お茶の原点回帰を求めて始めたことだったので、商品名も菩提という地名の元となったサンスクリット語、「悟り」の意味を持つ「bodhi(ボーディー)」としました。
これまでにないノンアルコール飲料の誕生
静岡大会、全国大会、世界大会と進む中で、瓶やロゴ、ラベル、味さえもブラッシュアップを繰り返し、掴み取ったのが世界大会グランプリの称号でした。
「世界大会でグランプリを獲れたことで、これは世界に発信できるものだという自信につながりました。
お茶の消費量が減っていると言われていますが、実はアルコールもなんです。ノンアルコールドリンクの需要がとても増えているにも関わらず、価格的にも味的にも誰もが満足できるものが無かったんです。
世界大会の時、審査員だったタイの大きなレストランのオーナーが“求めていたのはこれだ!”と言ってくれました。」
ノンアルコール飲料の市場って、これまでは、お酒からアルコール分を抜いた物か、烏龍茶やジュース等のソフトドリンクだった中で、「bodhi」は別の選択肢として出せるんじゃないかと思っていた、と安間さん。
「bodhiは、お茶を原料にはしていますけど、全く新しいノンアルコール飲料として、お茶の新しい活用法になるんじゃないか。これまでお茶と言えば日本では煎茶でしたけど、煎茶ではなく、別の方向に向かっていく時期なんじゃないかな、とも思っています。」
安間さんにご案内いただき、歩いてすぐの場所にあるbodhi(菩提酸茶)用の茶畑を見せていただきました。
普通の茶畑のように一番茶、二番茶は収穫せず、菩提酸茶にするためだけに茶葉を育てているそうです。
訪れたのは7月の終わり。隣の茶畑は、もう葉が刈られていましたが、この茶畑はまだ葉っぱが青々。
お茶摘みが行われるのは、10月くらいの秋を予定しています。その頃には葉が硬くなっているので、限界まで深蒸しして、そのまま真空にして発酵させるのだそうです。
茶畑まで持ってきてくださったキンと冷えたbodhiを飲ませていただきました。
栓を抜いた時に、辺りに漂ったのは甘く芳醇な蜂蜜の香り。
ゴクッとひと口。
甘い香りから想像したものとは全く違うさわやかな酸味が口の中に広がります。鼻に抜けていく香りは第一印象の蜂蜜から、シードル(リンゴを原料にしたスパークリングワイン)のようなフルーティーなものに変化。
さらに、プーアール茶のような発酵の香りや、先日「GOOD TIMING TEA」さんで薦められた釜炒り茶に感じたようなクセのある味わいもありました。
これは確かにいままで体験したことのない、不思議で複雑な美味しさです。幾重にも重なっているかのように香りと味の奥行があるので、あわせる料理とのペアリングで様々な変化が楽しめそう!
食欲を刺激してくれるほのかな酸味もあり、確かに乾杯の1杯にもふさわしいかもしれません。
「試験的に無肥料無農薬の茶畑の茶葉でも作ってみたんですが、問題なくできました。これが成功すれば、耕作放棄地の問題解決にもつながるし、無農薬の商品となるので世界的にも注目されるのではないか、とも思っています。
お茶って1000年以上前から日本で飲まれているものなのに、未だにこれまでに無かった新しいものができあがるのが、面白いです。日本茶が低迷って言われていますけど、いくらでも新しいものを作り出せると私は思っています。」
実は安間さんは茶農家の生まれではなく、婿養子なのだそう。だからこそ、人一倍の研究熱心さと、茶業界の常識にとらわれることのない新しい発想で挑戦を続けられるのかもしれません。
茶業界の外から来た安間さんがぶつける疑問や提案を、否定せず“おもしろがって”応えてくれる先代(義父)や先輩茶農家さん、お仲間たち。お互いに心強い存在なのではないでしょうか。
世界の乾杯を変える「bodhi」のこれからはもちろん、安間さんやお仲間のみなさんが、静岡だけじゃなく、日本の、そして世界の茶業界に吹き込む新しい風。とても楽しみですし、ワクワクしてきます。
取材時にはまもなく完成予定ですと伺っていた、長峰製茶さんによる念願の自社工場が焼津に完成。昨秋には茶葉の収穫も終え、2024年度産の茶葉での製造がスタートしていました。これまで外部に委託していたボトリングの工程も含め、全て静岡産のbodhiの誕生です。
海外からのお問合せもあるそうで、世界の乾杯が変わる日も近いかもしれません。
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安間製茶
[住所]静岡県袋井市豊沢491−30
[営業時間]9:00〜17:00
[定休日]なし
[TEL]0538-88-8893
[URL]
http://www.ammaseicha.com/
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bodhiお問合せ先
長峰製茶
番茶研究会
[住所]静岡県焼津市一色45
[営業時間]9:00〜17:00
[定休日]土・日・祝祭日
[URL]
https://shop.bancha.org/
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茶問屋のプライドをかけた最高級ボトリングティー
次にご紹介するのも、世界市場を視野にブランディングを構築している最高級茶のボトリングティー「IBUKI bottled tea」。茶処静岡の中でも随一の生産地といえる島田市で、四代にわたってお茶づくりを続けている「カネス製茶」さんが、茶問屋としてのプライドをかけて2022年に立ち上げた高級ボトリングティーのブランドです。
お話を伺ったのは、ブランド開発の責任者小松元気さん。カネス製茶の四代目でもあります。
茶業界の負の連鎖からの脱却
「茶業界ではここ数年、倒産や閉業する会社が加速度的に増えてきています。ご存じのように、東日本震災後の放射能汚染による風評被害で売上げがグッと落ち込みました。2020年以降のコロナ禍では巣ごもり需要でニーズが増えるかと思いきや、円安や原材料費の高騰等の影響もあり、この1~2年で茶業を畳む人が増えています。
また、ペットボトルのお茶が誕生したことで低価格茶を大量に生産することが、マーケットでの勝ち組となり、高価格帯の一番茶の生産量が低下しました。」
元気さんにお話を伺ってから調べてみました。
確かに令和5年度の農林水産省発表の資料によると、近年、茶農家1戸当たりの栽培面積は拡大化が進んでいる傾向があり、中でも平坦な土地が多く傾斜角度が小さい鹿児島県では規模拡大が顕著です。
栽培面積はまだ静岡県が全国一ですが、中山間地の割合が高く、中でも傾斜度15度以上の茶畑が5割であり、乗用型機械の利用ができないため、安価な三番茶・四番茶の生産には向かないのです。
鹿児島県では中山間地においても傾斜度が小さく基盤整備も進んでいるため、ほとんどの地域で乗用型機械の利用が可能とのこと。
静岡県の茶産地のほとんどは、一番茶の生産を主にしていますが、茶葉は消費量も世帯当たりの年間支出金額も減少傾向です。一方、ペットボトル等ドリンク向けの安価な三番茶・四番茶の生産量は比較的堅調で、緑茶飲料の消費量、支出金額も増加傾向にあります。
こうした負の連鎖が進む静岡県の茶業界で生き残る道を模索する中、カネス製茶さんが考えたのは、高価格帯需要の開拓と低価格構造依存からの脱却でした。会社の経営3本柱の1つとして、ボトリングティーに力を入れることになりました。実は、カネス製茶さんではボトリングティー事業を以前から手掛けていました。OEMで他社に製造を依頼していたのですが、2022年に元気さんが東京から戻り、本格的に事業として動き出します。
「カネス製茶として、それまでブランドを作り上げたことが無かったので、基礎になる部分から作り上げました。まず“本物の日本茶の価値を、世界へ長く広く伝えていく”ことをブランドのミッションに据えました。
そのためには既存の売り方ではダメ。商品も画期的なものであるべきと考え、ターゲットも既存のマーケットではなく、世界を視野に入れようと。もちろん、そこに美味しさは大前提、当たり前のことです。」
元気さんの父であり、会社のCEOでもある小松幸哉さんは、農林水産大臣賞受賞歴のある茶師。日本国内でも数少ない日本茶鑑定士のおひとりでもあります。
父親が作り出すお茶の美味しさへの信頼は絶対的なものだと元気さんはおっしゃいます。
その美味しさを損なうことなく、どこまで活かしてボトルに詰められるか。そのために専用の自社工場を建て、酒造りをヒントに、3層のフィルターで茶葉を加熱せずに殺菌、低温抽出するフィルタード・コールドブリュー製法の手法にたどり着きました。
製造工程は企業秘密のため見学できませんでしたが、日本酒造りでいうところの槽搾り(ふなしぼり)のように時間をかけて、ぽたりぽたりとお茶を抽出する様子を想像していたら、全く真逆だと言います。鮮度が大事なので、時間をかけて搾るのではないそうです。
この土地の風土、歴史、自然もボトルに込める
一見ワインのようなボトルのカタチはもちろん、ボトルに巻くラベルのデザインも妥協せず、完成までに数ヶ月かけて作り上げたとのこと。
フラッグシップである『IBUKI』は、750mlで24,840円、180mlで10,800円(いずれも税込)と、価格設定も規格外と言えるでしょう。
「だからこそ、美味しさはもちろんですが、その金額に見合う価値の創造が必要だと考えました。」
と元気さん。
そのためには「ストーリーが大事」だとおっしゃいます。
特別な製造方法はもちろんのこと、使用する茶葉は全て、茶師・小松幸哉氏が監修。
川根や島田を中心とした地元の最高級品を独自のレシピでブレンドし、茶葉本来のポテンシャルを最大限に引き出しています。
またお茶の抽出に使用するのは、地元大井川水系の水。肥沃な地層で自然濾過される大井川水系の水は、必要最低限の人工処理しかされず、非常に綺麗な水質を保っているそうです。製造工場でさらに軟水化されることで「超軟水」となり、茶葉の繊細さを表現するにふさわしい柔らかい水に仕上がるのだそう。
そう、「IBUKI bottled tea」は、ただ高級茶をボトルに詰めているのではありません。このお茶が生まれた風土や歴史的な背景、自然の恵みまでも、ボトルに込めているのです。
衝撃のテイスティング
この日、試飲させていただいたものは、煎茶の「IBUKI」「KOUSHUN」、和紅茶の「NIROKU」の3タイプ。
最高級ラインでありブランドのフラッグシップであるIBUKIは、地元にある自社農園で20年以上かけて研究開発した金谷いぶきという希少な茶葉を使用しています。生命の“息吹”から名づけられました。
「まず、IBUKIですが、食とのペアリングは実はあまり考えていません。単独で飲むか、何かを割る(香りの無いスピリッツや麦焼酎とか)という可能性はあるのでは、と思っています。
KOUSHUNは使用している茶葉の品種“香駿”から。名前の通り、香りが豊かなお茶です。
NIROKUは和紅茶になります。(日本の和紅茶発祥の)丸子和紅茶で知られる和紅茶栽培のパイオニアで、(2024年10月に亡くなられた)村松二六さんへのリスペクトを込めたネーミングです。茶葉も二六さんが栽培した“いずみ”という品種のものを使っています。」
3種類を並べた時の水色(すいしょく)の美しさに驚きました。
ペットボトルの日本茶や、これまで飲んだことのあるボトリングティーとは明らかに違います。これは、急須で淹れた時、それも茶葉の量やお湯の温度、抽出時間を守り、上手に、正確に淹れられた時の水色と変わらないのではないでしょうか。
まず勧められたのは、KOUSHUN。
グラスを口元に近づけただけで分かる華やかな香り。まずは少しだけ口に含んでみましたが、口中に広がるのはアミノ酸特有のうま味と甘み。雑味は無く、うま味が濃いもののサッパリとした飲み口の印象も残ります。
KOUSHUNも、これまで飲んだ最上級の緑茶の美味しさを味わえたと思いましたが、このあとIBUKIを飲ませていただいて、その最上級の美味しさの記憶が一瞬で更新されました。
IBUKIは口に含んだ瞬間、思わず一歩後ずさってしまうほどの衝撃だったのです。
押し寄せてきたのは圧倒的なうま味の洪水。ほんのひと口飲んだだけにも関わらず、です。
それは、濃厚なおだしを口に含んでいるよう。しかも、最高のおだしから魚の臭みだけを全て取り去ったように、えぐみが全く感じられません。馥郁(ふくいく)たる香りは鼻腔に抜けていき、甘みはずっと口の中に残っています。
KOUSHUNは食中酒のように、食事に合わせてゴクゴクと飲むことができる美味しさだと思いましたが、IBUKIはどうでしょう。高価なウィスキーをストレートでちびりちびりとなめるように楽しむような感じでしょうか。元気さんもおっしゃっていましたが、お酒でいえばスピリッツの感覚で、何かと割って楽しむこともできるかもしれません。
うま味をこんなにもお茶に含ませられるとは、とただただ驚くばかり。本当にお茶ですか?と驚かれる方が多いというのも分かります。
元気さんは食べ物とのペアリングは考えていないとおっしゃっていましたが、この濃厚なうま味はチーズや生ハム、燻製のような個性の強いものにも負けないと思います。ワインのようにペアリングさせたら、どれだけの化学変化を起こすのか。そのうま味の相乗効果を想像しただけでちょっと震える心地がしました。
最後にいただいた和紅茶のNIROKU。まず感じたのは蜜のような甘い香り。和紅茶ならではの自然な甘さがあるものの、食事の邪魔はせず、寄り添ってくれそうな美味しさでした。
そして、世界へ!
「近年、ノンアルコールの需要は増えてきています。会食の席等では、お酒が飲めない人にはこれまで選択肢がありませんでした。その点、IBUKIならグラスで1杯1500円くらい。ワインや最上級の日本酒と同じくらいの価格帯になります。」
IBUKIなら、お酒を飲む人も飲まない人もそれぞれ気兼ねなくドリンクをオーダーでき、会食の機会をより楽しむことができるため、高級レストランや一流ホテルからの関心も高く、手ごたえを感じているそうです。そうした流れの中で、帝国ホテルが新たに開設するオンラインモールと、カネス製茶さんとで、オリジナルのボトリングティーの共同開発の話も進み、昨年11月にリリースされました。
ただ地元にはそこまでの客単価を想定しているお店はなかなか無いとのこと。
日本有数の茶処である地元・島田から「お茶を飲むという文化」を発信し、広めたいと話されていましたが、いつか逆輸入のような形で、島田に飲食店やお客様を呼び込める日が来るかもしれません。
というのも元気さんは、海外マーケットの開拓、海外への売り込みにも積極的に取り組んでいて、市場調査とPRのため、今年度はUAE(ドバイ)等を訪問したのです。
輸出ももちろん視野に入れていますが、ボトルに詰めるとはいえ、鮮度や提供方法の問題はどうしても切り離せないので、この美味しさを味わうために「島田まで来てもらう」よう、海外のお客様を地元に呼ぶこむ仕組みも考えていて、実際に既に海外からの視察もあるそうです。
インバウンドや富裕層を中心に人気が高まってきているローカルガストロノミーの柱になり得るポテンシャルが、IBUKIをはじめとする「IBUKI bottled tea」にはあると感じました。
近年、こうした需要の変化からボトリングティーに参画する企業も増えてきていますが、その点についてのお考えを聞くと
「もちろんライバルではありますが、でもただ単に競争相手が増えているとは思っていなくて。消費者にとっては選択肢が増えるのは良いことだと思います。マーケットも拡がり、切磋琢磨しながら、茶産業全体を盛り上げられるのが理想です。
“消費の先に、社会にどう還元されるか”まで考える必要があると思っているんです。
だから全国の日本茶の産地ごとに、高級ボトリングティーが生まれてもいいと思っているし、実現したら楽しいことになるんじゃないかとも思っています。」
日本茶は実に繊細な飲み物。使う茶葉の量、お湯の温度や抽出時間、使うお水、茶器のカタチ、飲み手の体調や気分によって、同じ茶葉でも全く別物になってしまいます。
高級な茶葉ほど繊細で手がかかるように感じます。だからこそ、茶葉のポテンシャルを最大限に引き出し、最高の状態でボトルに詰めたボトリングティーは、作り手の想いや技術がストレートに飲み手に届けられる “究極に美味しい”お茶だと言えるのではないでしょうか。
玉露とか、煎茶とか、和紅茶やほうじ茶等に並んで、ボトリングティーがお茶のジャンルとして、ひとつの文化になる日がくるかもしれません。
取材から時間が経ってしまったので、改めて近況を伺ったところ、この2月に、今年度2度目の中東訪問が控えていることを教えてくださいました。
海外にある日本の大使館では天皇誕生日を記念して、「天皇誕生日祝賀レセプション」を開催しているのですが、そのレセプションには、大使が赴任国の各界ハイレベルの関係者を招待します。そこには、日本の地方自治体も輸出振興、観光客誘致等のPR活動を行う場として参加できる機会があるとのこと。
静岡県からの委託事業の公募に採用され、カネス製茶さんも中東のUAE(ドバイ)とバーレーンの二か国で、ボトリングティーのプロモーションを行うそう。
「まさか1年の間に、2回も中東を訪れる機会があるとは思っていませんでした。」と元気さん。
このチャンスを活かして、世界を舞台に、本物の静岡茶の価値を証明してきてくれるはず。新たな道を切り開く足がかりになりますように。
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カネス製茶
[住所]静岡県島田市牛尾834-1
[営業時間]8:00〜17:00
[定休日]なし
[TEL]0547-46-2069
[URL]
https://kanes.co.jp/
[ブランドサイト]
https://ibuki-tea.com
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「天空の茶園」を訪ねる
ここまで、低迷だとか斜陽産業だとか、何かと暗い話題が多い静岡の茶業界の中でも、逆境に負けずに、熱い想いや信念を持って、静岡茶の未来を切り開いていこうとしている若い世代の方々をご紹介してきました。
でも、彼らの熱い想いも、新たな商品の開発も、茶葉を育てる生産者さんがあってこそ。
旅の最後は、静岡茶を川の流れに例えるとしたら源流である茶農家さんに会いたいと思っていました。
そこで、先ほどご紹介した「カネス製茶」さんのボトリングティーにも使われている大井川を遡り、川根本町に向かいました。
訪れたのは山深い川根本町の中でもひときわ高い標高600mの「おろくぼ」地区で三代にわたってお茶づくりを行っている「つちや農園」さん。
南アルプス(赤石連峰)を背にした雄大で厳しい自然の中、急斜面に寄り添うように茶畑が広がるその景色はまさに“天空の茶園”です。
こちらの茶園から生まれるお茶は、品質の良し悪しを決める品評会で何度も受賞していますが、最高峰の農林大臣賞を2度も受賞。これはとんでもない快挙。御年85歳の今も現役で茶作りに勤しむ土屋鉄郎さんは、言うなれば茶業界のレジェンドなのです。
出迎えてくださったのは、鉄郎さんのご長女で「つちや農園」三代目・土屋裕子さん。
真摯に茶作りに向き合う父親の姿を見てきた裕子さんは、ご主人とともに故郷にUターンして家業を継がれました。
「進学や就職で故郷を離れていたため、自分自身はずっと農業をしてきた訳ではないんですよね。」
と裕子さん。どうしたら父親のお茶作りに関われるかを考え、日本茶インストラクターの資格を取得しました。
お茶摘み体験や世界農業遺産「静岡の茶草場農法」のモデルツアー等を通して、お父様とは別の側面から山のお茶の魅力を発信しています。
この土地ならではの魅力を伝える場として2022年に完成したのが、こちら!
茶畑と幾重にも重なる山並みを見下ろせる高台に設けられた「天空のティーテラス」です。
雄大な山々や遮るものが何ひとつない大空に抱かれるような絶景のティーテラスで、裕子さんのおもてなしでお茶をいただける体験メニューが、人気なのです。首都圏や海外からのお客様も多いそうです。
まだまだ残暑が厳しかったこの日は、氷出しの煎茶でおもてなしいただきました。
いただいたのは、“はるみどり”という品種。
昨今の茶市場では初取引とか季節の先取り感が優先され、早生の品種が好まれる風潮があり、“はるみどり”のような晩生品種は生産する農家さんが少ないのだそう。
「でも、うま味が強く、渋みは少ないお茶なんですよ。」
茶さじ1杯分の茶葉を急須に入れ、氷を乗せて6分。そのあと水を注いで5分。
じっくりゆっくり、風の音や鳥のさえずりに耳を傾けながら待つ、ゆったりとした時間。
「その日の気温や日差しの強さで氷の解け方も違うから、時間はキッチリでなくて構いません。溶けた氷の水を含んで茶葉がふっくらしてきたら、水を加えます。今日は氷を使っていますけど、水だけで淹れてもいいし、寒い季節ならお湯でもいい。季節や自分の体調、気分にあわせて淹れ方は自由でいいんですよ。
いい葉っぱなら、どんな淹れ方をしてもちゃんとその良さがひきだされて、美味しく淹れられますよ。
堅苦しく考えすぎて、お茶を淹れるのが億劫になっちゃう方がもったいないです。お茶を淹れる時間も含め、楽しんでもらえるのが一番大事ですよ。」
じっくりと時間をかけて淹れてくれた“はるみどり”は、口に含むと、じわ~っと口中に滋味が拡がりました。
おだしのようなうま味がまず口の中全体に拡がって、そこから甘みがじんわりと。
ごくごくと飲んでしまうのがもったいないと思える美味しさでした。
二煎目、三煎目と、味わいや香りが変わっていくのもまた楽しく美味しいのです。
「このあたりでは、お茶を淹れることを“お茶をそえる(添える)”って言うんですよ。他では“お茶、淹れて”と言うところを“お~い、お茶、そえて(添えて)くりょ~”って。
毎日の生活にお茶があるのが当たり前で、しかも誰かと一緒に、寄り添いあうように飲むのが当たり前だったから生まれた言葉なのかなと思います。でも、自分のためだけに淹れるお茶でも、自分自身に寄り添ってくれるって考えることもできますね。」
確かに。お茶を“そえる(添える)”という言葉は、ただお茶を淹れるだけではなく、暮らしの中に当たり前にお茶があったからこそ生まれたのでしょう。
「誰かとカフェや喫茶店に入るときに、飲むのは緑茶ではなくコーヒーだったとしても“お茶でもしていかない?”と言いますよね。それだけお茶=緑茶を飲むのが当たり前だったからだと思うんです。でも、このままお茶離れが進むと、“お茶しない?”ではなく“スタバしない?”とか“コーヒーでも飲んでいかない?”って、言葉も変化してしまうのかもしれませんね。」
言葉は生き物です。だから時代によって変化するものだとは思いますが、それは寂しい。
だからこそ、こうしてお茶を淹れて飲む時間や、お茶摘み等の体験を通して、まずは自分たちの作るお茶のファンを増やすことが大事なのでしょう。
あえてのシングルオリジン、一年一会のお茶
通常、お茶農家では摘んだ茶葉を共同工場等で荒茶にしてJAやお茶問屋に卸すことが一般的ですが、つちや農園さんでは自社工場で製茶し、消費者に直接販売しています。
他との差別化を図るためにも、シングルオリジンにこだわっていると、裕子さん。そのこだわりもまたファン作りに欠かせない要素かもしれません。
「合組(ブレンド)することで、毎年、一定の味わいや美味しさにすることもお茶屋さんの技術です。
でも、年によって生育や仕上がりが違うのは、お茶は農作物だから当たり前のこと。ですので、うちでは農家ならではの一期一会、一年一会のお茶を提供しています。
二番茶、三番茶まで収穫する農家さんもありますが、二番茶さえも収穫せずに、一番茶(新茶)を摘んだら、刈り込んでしまいます。そうすることで、来年のための茶葉を育てているんです。
川根茶は、ブランドではあるものの、全国的な生産量でみたらほんの1%にも満たない量です。
海外や全国からみたら途絶えてしまっても大きな影響は無い産地なんです。しかも、他産地よりも収穫時期が遅いので、初物好きの日本人が好む新茶商戦には出遅れてしまいます。市場の流通に乗せるのでは、ここで作っている価値や品質が、市場価値とはずれてしまう。だから市場には出していません。ここのお茶の価値を分かっていただける方に届けたいという思いで全量を小売りしているんです。
我が家だけではなく、川根のお茶農家さんは昭和の終わりには、通販でお茶の販売を始めていたんですよ。
いまのようなオンラインショップはまだ無い頃から、電話とかFAXで注文をいただいていました。」
伝統を守る人、新しい風を吹き込む人
今回の旅で出会った人々の新たな挑戦について、裕子さんにも聞いていただきました。生産者でもあり、先達でもある裕子さんはどう感じていらっしゃるのでしょうか?
「新しい風って、どんな時代にもどんな現場にも必要だと思います。だから、どんどんチャレンジしてもらいたい。若い人たちの挑戦や、異業種からの参入も、私は期待しています。
例えば、ほうじ茶。玉露はもちろんですけど、煎茶に比べて一段価値の低いものだと思われていました。
でも、お洒落なカフェ等でほうじ茶ラテとかほうじ茶ソフトクリームとかが扱われるようになって、それが流行ったことでグンと価値が上がりました。古いって言うと語弊があるけど、昔ながらの世代には思いつかないようなシーンだとかニーズだとかを生み出してくれたんですよね。
ただ、原点を忘れないでいただきたいかな。
お茶は農作物。野菜や果物を育てるのと基本的なことは変わらないんです。」
そういえば、裕子さんも、新しい風を吹き込んだおひとり。生まれ故郷に戻ってきた頃、茶農家で日本茶インストラクターの資格を取得した人はまだ珍しく、自分たちの作る茶葉の魅力を自ら発信する姿は、周りの農家さんの刺激になっていたはずです。
毎日、世話をして、手をかけて、見守って、自然の恵みを享受して。それが煎茶や和紅茶等の茶葉になったり、様々な飲み方の提案をしてくれる人がいて、美味しく淹れたものをお店で提供したり、最高の状態で抽出したものがボトルに詰められて、いつでもどこでもその美味しさを楽しめるようになったり。
自然と時間と、人の手間。その恩恵を受けて育てられたお茶の葉が、「美味しいお茶を楽しんでもらいたい」
と願うたくさんの人の思いを込められながら、ようやく私たち消費者の元に届くのですね。
この日、私がティーテラスでお話を伺っている間も、そこから見下ろせる茶畑では、鉄郎さんが重そうな機械を使って、畝に肥料をすきこむ作業を黙々と続けていらっしゃいました。二番茶三番茶は収穫をしないので収穫作業はとっくに終わっていますが、1年を通して、その時期ごとに行う茶畑の手入れが美味しいお茶作りには欠かせないのだと、裕子さんも、鉄郎さんも口を揃えておっしゃっていました。
取材した日、茶畑の畝には、昨シーズンの茶草場農法の名残がまだ残っていました。
茶草場農法とは秋、ススキの穂が出たころに、茶園周辺の山や茶草場からススキやササを刈り取って干し、冬が来る前に茶畑の畝に敷きつめる伝統的な農法のこと。この茶草を敷くことで、冬の寒さや乾燥から茶の樹を守り、土には有機質の栄養をもたらすことで茶の味や香りが良くなるとも言われています。
お邪魔した頃にはまだ残暑が厳しかったのですが、秋にはまた茶畑に茶草が敷かれたということです。
そして 今は、冬真っ直中。今日も鉄郎さんや裕子さんたちは、春を待ちながら茶畑の手入れをされているのでしょう。
変わっていくことの大切さと、守っていくことの尊さ。
旅の最後に、お茶作り、ものづくりの真髄を垣間見た気がします。
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つちや農園
[住所]静岡県榛原郡川根本町水川972
[営業時間]10:30〜12:00、13:30~16:00
[定休日]なし
[TEL]0547-56-0752
[URL]
https://www.tsuchiya-nouen.com/
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前編・後編と紡いできた静岡茶の深化の旅。旅の記録はこれでおしまいですが、どんなカタチでも、どんな場所でもいいので、みなさんにもお茶に親しんでいただけたらと思います。
ちょうど時刻は15時になりました。
「そろそろお茶にしませんか?」
ライター:ごはんつぶLabo アオキリカ
写真:小塚 司