2023年11月29日(水)に、静岡県が主催する「美味らららダイニング」が「富士山本宮浅間大社」(静岡県富士宮市宮町1-1)で開催されました。
静岡県では、全国トップクラスの多彩な「食材の王国」である優位性を生かした観光振興を図るため、ガストロノミーツーリズムを推進しています。その一環として、ガストロノミーツーリズムの静岡県ブランド「美味ららら」にちなんで「美味らららダイニング」(ダイニングイベント)を開催。
世界の料理人が注目する焼津のサスエ前田魚店の店主・前田尚毅氏が総合プロデュースを担当し、普段は食事のできない「富士山本宮浅間大社」を会場に、国内外から注目を集める静岡県と新潟県のトップシェフ4名が、静岡県産食材をふんだんに使った、一日限りの特別な饗宴を実現。
午前と午後の2部制で開催された中の午前の部の様子をご紹介します。
【行程】
09:40 静岡県富士山世界遺産センター
10:45 富士山本宮浅間大社(境内見学・御祈祷・湧玉池見学)
[前編のレポートを見る]
11:30 富士山本宮浅間大社内参集所(食事)
14:00 解散
静岡・新潟のトップシェフによる1日限りの饗宴。富士山から駿河湾へ。
「富士山本宮浅間大社」の見学が終わり、ダイニング会場へ向かう途中でサプライズ演出がありました。湧玉池に流れる湧き水を使っていれた静岡市の中山間地にある梅ヶ島の煎茶と、静岡おでんが運ばれてきました。少し肌寒く感じていたので、このおもてなしに参加者も思わずにっこり。
ダイニング会場入り口では、静岡・新潟のトップシェフたちがキッチンカーから出迎えてくれました。まずは、シェフたちのプロフィールからご紹介していきましょう。
【プロフィール】
静岡シェフ・井上靖彦(Simples/静岡市)
20歳の時に料理人としてのキャリアをスタートさせ、ベルギー、フランス、イタリアなどの星付きレストランでの修行を経て、出身地の大分県日田市にレストランを開店。2014年に静岡市へ拠点を移し「Simples」をオープン。
Simples
静岡シェフ・西健一(馳走西健一/焼津市)
広島「馳走 啐啄一十」での修行時代を経て、広島の人気フレンチ「馳走2924」を開店。焼津市の「サスエ前田魚店」の魚に惚れ込み2022年6月焼津市に「馳走 西健一」オープン。 『ゴ・エ・ミヨ2023』。『The Tabelog Award 2023』ブロンズ受賞。
馳走 西健一
新潟シェフ・桑木野恵子(里山十帖/魚沼市)
大学卒業後、都内のエステサロン勤務後海外へ。オーストリア、ドイツ、インド等世界を巡りヨガと各国のベジタリアン料理を学ぶ。帰国後、都内のヴィーガンレストランで料理長を務める。2014年の開業から里山十帖の料理人となり、ローカル・ガストロノミーを料理に表現。2018年、「里山十帖」料理長に就任し、『ミシュランガイド新潟2020 特別版』で一つ星を獲得。「ゴ・エ・ミヨ2021」15.5点を獲得。『THE BEST VEGETABLES RESTAURANTS 2023』13位にランクイン、さらに『Best Lady Vegetable Chefs』も受賞。
里山十帖
新潟シェフ・小林宏輔(鮨 登喜和/新発田市)
新発田市生まれ。高校を卒業後、服部栄養専門学校で調理の基礎を学ぶ。27歳で下北沢「すし屋 魚真」に入店、寿司職人としてのキャリアをスタート。2010年、「鮨 登喜和」へと戻り紆余曲折を経て、2017年のリニューアルを期に正式に三代目を襲名。『新潟ガストロノミーアワード』特別優秀賞受賞。『2023 Destination Restaurants Awards』受賞。
鮨 登喜和
プロデューサー・前田 尚毅(サスエ前田魚店/焼津市)
1974年静岡県焼津市生まれ。60年以上続く「サスエ前田魚店」の5代目店主。地元客向けの小売と、飲食店向けの専門販売、いずれの仕込み技術も身に付ける。研鑽の末、多数のグランメゾンから納品オファーが殺到するように。2021年には、ミシュランと双璧をなすフランスのグルメガイド『ゴ・エ・ミヨ』誌上で、魚屋として唯一、生産者に贈られる「テロワール賞」を受賞。
会場内は静岡の自然を連想させる装花が施され、テーブルの上には豊穣を祝うかのような稲が置かれていました。箸置きや箸も木を使用し、静岡の自然感が演出されていました。
今回の総合プロデューサーである「サスエ前田魚店」の前田尚毅氏。
この日のテーマは「富士山から駿河湾~日本一の高低差~」。富士山からスタートし、地上、そして海に入り、深海、そして最後は地球のマグマへと、それぞれの場所を表現した料理が展開されました。
VIDEO
シェフには前田氏からは、「前日に集められる食材限定」「潮は海のものなので、海抜0メートルまでの料理には塩を使わない」「シェフたちのシグニチャー・ディッシュ(=その料理人にとっての看板とも言える料理のこと)は封印」「複数名で料理を仕上げる」「全体構成は全員で考える」というお題がシェフたちに課せられており、それぞれに趣向を凝らした料理を提供してくれました。
「シェフたちはみんな徹夜して考えてくれたと思います。桑木野シェフは海外から帰国したばかりというタイトなスケジュールの中、おいしいものを出すんだという心意気で頑張ってくれています」と前田氏。
料理を学ぶ鈴木学園中央調理製菓専門学校の学生さんたちが給仕をしてくれました。
窓の外には湧玉池が広がり、植物をフレームに見立てた絵画のような作業台。外のカーキッチンで調理され、客席に設けられた作業台でシェフたちが仕上げの盛り付けを行った。
「森のスープ」
「富士山五合目まで登ってみて、どんな料理にしようか考えました」という井上シェフは、富士宮産鶏のスープに、きのこ、銀杏、生のクコの実などの森の素材で香り付け。水は湧玉池のものを使用しています。食材そのものの味が溶けだした美味と滋味あふれる味に仕上がっていました。
「梅ヶ島 わさびと鹿の料理」
かつて武田信玄公が湯治に利用していたと言われる静岡市にある梅ヶ島。
梅ヶ島は、金山もあり、コンヤ温泉や黄金の湯など、金にまつわる名前がついた温泉があり、そしてわさびの産地でもあります。鹿はわさびが大好きなことから仕上げたひと皿。低温調理した鹿肉に、牧場から分けてもらったフレッシュな牛乳を使ってつくったチーズ、塩漬けにしたわさびの茎、すりおろしたわさび、山から採ってきた野草、わさびの葉を合わせたサラダです。
「野菜の料理」
地上から800mほど上のあたりをイメージした料理。前田氏から「海抜0メートルまでの料理には塩を使わない」という前田氏のリクエストに応えるため、野菜の旨味を凝縮したソースを使用。静岡には様々な野菜があって、ひとつに絞れなかったため、ニンジン、ゴボウ、ジャガイモ、ピーマン、カブ、カリフラワー、葉物野菜の他、あまり見かけない珍しい野菜も使用していました。
軽く焼いたもの、煮たもの、時々、ピリッとしたり、酸っぱかったり、ぬか漬けにしたようなものだったり、箸を進めるにつれて、まるで畑を歩いていて多様な生き物たちに出会うような感覚を想像させる料理でした。
「蛤の飯蒸し」
場所は駿河湾の砂浜へ。ハマグリはこの時期から春にかけて大きく育っていくといいます。そんなハマグリに磯の香りを乗せて飯蒸しに。ほんのり塩気があり海のミネラルを感じる、まるで磯遊びをしているような気分にさせてくれた一品でした。
ここはまだ駿河湾の入口。これから少しずつ海へと入っていきます。次の料理は何かと期待が高まります。
「白甘鯛 ゴマのソース」
シラカワという白甘鯛を、低温の油でゆっくり火をいれコンフィにすることでしっとりとした質感に。前日の朝イチで入手したという新鮮なゴマを絞ったゴマミルクで、スープ仕立てにしています。ゴマミルクが繊細なシラカワによく合い、また、アクセントに柚子の香りのオイルを使用。とても上品な味わいの料理です。
「鯛には赤黒白があり、シラカワは駿河湾の一番の高級魚。そして、駿河湾でも浅瀬にいる魚です。家康も愛した白甘鯛なんですよ」と前田氏。
「アオリイカ あやめ雪のシャリ仕立て」
場所はさらに海を潜り、駿河湾45mの深さに。前田氏から寿司職人の小林シェフに出されたお題は「握らない寿司」。そこで、静岡の野菜と、駿河湾の魚で再構築したのがこちらの料理です。間引きされたあやめ雪というカブを使い、アオリイカと合わせています。
「アオリイカは甘味が強いイカ。50回噛むと甘味が出るのですが、それを包丁で代用することで甘味を出させています」。
カブのほんのりとした甘味と、イカの旨味・甘味が口の中で合わさり、口の中に旨みと香りがずっと残る料理でした。
「鯖のバッテラ ムキタケと落花生」
場所はさらに海を潜り、駿河湾の70mのあたりまで進みます。水温が下がることで、脂がのったおいしい魚たちが増えてくるのがこのあたりとのこと。
「サバは大衆魚。それを何とか良いものにできないかと、漁師さんたちと考えた漁法で獲ったのがこのサバです。そして、火入れの仕方、料理の根本も変えました」と前田氏。
この季節のサバは桜えびを食べて育っています。魚が何を食べているか、どんな状態で消化しているかを見極めた上で漁をすることでサバの味が変わります。
そんな焼津小川港のサバを使った料理がこちら。今まで私たちが知っているサバの概念を変えてくれる味です。
シャリには柿の酢を使用。サバといえば脂が多く、こってりとした印象がありますが、このサバは重たくない脂。あっさりといただくことができます。
「鯵のフライ 鱗の衣仕立て シャリのタルタルと本山茶(ほんやまちゃ)」
駿河湾の水深80mのあたりから、アジのフライが登場。カサゴのウロコを衣代わりにして仕立てています。パリパリとした食感が楽しめる料理です。添えられたタルタルソースには、ゆで卵の代わりに酢飯を使用。お寿司屋さんがいるからこそのコラボ料理です。タルタルソースの上には、一級本山茶の茶葉を霧吹きで水をかけ、ふやかしたものが添えられています。
「アジには先頭に立つリーダーがいて、今日、みなさんに提供しているのはそのリーダーのアジなんですよ。釣った魚というのはお腹が空いているからエサに食いつくのです。この状態の魚は味としては良くない。定置網の魚は普通の状態の魚なので、そちらの方が味はおいしいんですよ。小川港の漁師は今、獲り方を変えています。ちなみに、静岡の「てんぷら成生」もシグネチャー・ディッシュにこのアジを使用しているんですよ」と前田氏は話します。
「エボダイ お造り」
さて、ここで前田氏自ら包丁をふるってくれました。ダイニング当日の朝8時まで海にいた魚・えぼ鯛。朝4時の時点で網にはかかっておらず、漁師さんたちがこの場のために8時に再び漁に出て獲ってくれたものです。
「時間がなかったので、特別に最初にセリに出してもらい、仕立てました。塩で腐敗要素となる水分を出し、脱水ジメに。醤油も何もつけずに、そのままの味をお召し上がりください」と前田氏。
ほんの数時間前まで生きていたえぼ鯛は、魚のおいしさがグッと詰まっていて、噛むたびに旨味が口の中に広がります。
「旨味がギュッとなっている魚で、口の中の温度で噛みくだくと、旨味がにじみでてきます。どう噛むかでまた味が変わるんですよ」。
それはまるで昆布のような旨味をも感じる味になっています。
「着物を仕立てる」という言葉がある通り、自分は「魚を仕立てる」と前田氏は話します。「食のバトンリレーで、食の最後はお客さんがアンカーだと思っています」。料理を完成させるのはお客さんなのだそうです。
「ウッカリカサゴ 桜海老のxo醬」
駿河湾の水深150mのあたりから、「ウッカリカサゴ」というおもしろい学名が付けられた魚が登場。
「身がプリッとした魚です。表面は高温のごま油をかけ、中はレアの状態に。この魚は桜えびを食べて育っているので、桜えびを使った自家製XO醤を合わせています」と西シェフ。
「金目鯛 海底」
いよいよ駿河湾の深海へ。
「水深200mまでは日があたり、光合成ができますが、それより下は無菌になり、プランクトンがわきません。水圧が強くなり、塩分濃度も濃くなります。そんなところにいる魚は回遊ができず、身が柔らかいものが多いのが特徴です」。
深海にいる金目鯛をイメージし、海底をイメージしたイカ墨のソースに浮かぶ様子を表現。柚子の皮を金目鯛の大きな目に見立てています。天竜川沖で獲れた金目鯛に、香味野菜を煮込んだ濃厚なスープを合わせています。
「マグマと溶岩、スコリア ビーツのアイスと竹炭のクランブル」
深海まで潜ったところで、最後は地球のマグマをイメージしたビーツのアイスがデザート。スコリアとは、火山の噴出物のこと。そんなごつごつした岩の塊を表現したデザートで締めてくれました。
それぞれの料理に合わせて、さまざまなドリンクとのペアリングも今回のお料理の楽しみのひとつでもありました。簡単にご紹介させていただきます。
【ノンアルコール】
森のボタニカルウォーター ジェニファ ベリーの 葉の炙りを添えて
本山茶のスパークリングティー
本山茶 水出し 木の芽のフレーバーティー
金目鯛のだし汁でいれたほうじ茶
柿のミード風 ソフトドリンク
ビショップ クラウン (ピーマンの種類)濃厚ジュース
伊豆ノ山のクロモジのお茶
【アルコール ドリンク】
静岡の日本酒 開運 酒米・誉富士
静岡市のウイスキー ガイアフロー スパイス入りハイボール
白隠正宗 初しぼり 完熟 山椒の味わいを添えて
静岡の日本酒 開運 酒米 山田錦の金目鯛 ヒレ
酒柿のミード風ドリンク
静岡の日本酒 開運 酒米・誉富士のカクテル
ビショップ クラウンと沼津のクラフト ジン レモングラス 仕立てのカクテル
藤枝 杉井酒造 古酒 飛鳥山本みりん
最後に、シェフたちからひと言いただきました。
井上シェフ
「人は自然がとても大好きだと思います。大自然がある静岡と新潟を訪れていただき、今日見た景色とはまた違う景色を発見してもらえたら嬉しいです」。
西シェフ
「シェフたちと細かい打ち合わせをして、一緒に富士山に登ったりもして考えました。料理は明け方に決まり、
バタバタしながらみんなでつくりました。とても気持ちが入った料理になったと思います」。
桑木野シェフ
「今日は新潟は雪で、静岡とは全然天気が違います。同じ日本でもこんなにも違うんだと思いました。個性のあるシェフたちとどういうふうな化学反応ができるだろうかと、明け方まで頑張った料理です。とても勉強になりました」。
小林シェフ
「一生忘れられないイベントになりました。いろいろなイベントをやってきましたが、こんなに熱いイベントは初めてです。今にも倒れそうなくらいです」。
前田氏
「シェフたちに意地悪をして、究極のギリギリまで追い込むことで新しい感性が生まれればと思い、やってきました。静岡は日本で一番食材があるところで、439の食材があります。今日は、4人のシェフたち以外にも、ブックホテル『箱根本箱』や『農+(ノーティス)』のシェフたち、専門学校生もお手伝いに来てくれました。これからもっと進化して、良い料理に繋がっていければと思います」。
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